共感で繋がるSNS

批判的思考に対する批判的思考

批判的思考は大事で良いことだと思っているけど本当にそうなのだろうか。矛盾した質問ではあるけど、批判的思考は本当に良いことなのか意見を聞きたい。
正宗(ろー)

正宗(ろー)

この前提として、『モダリティの差異』があると思います。

例えば、
●議論の場合…
・格闘技的議論
・生成的議論

●優しさの場合…
・愛の鞭的優しさ
・共依存的優しさ

●批判の場合…
・批判でラッピングしたdisり
・相手を尊重した批判

いずれも、『議論』、『優しさ』、『批判』というものを扱いましたが、『中身』が異なるものです。

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同様に、『哲学の星』にも、モダリティの差異があります。
・「私は◯◯で搭乗している」
・「私は△△で搭乗している」
・「私は✕✕で搭乗している」
のように、参加の『中身』が異なります。
➜モダリティという語を使わないと、利用目的、意図、動機のような語が使われる。

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同様に、質問ひろばにもモダリティの差異があります。
・「私は◯◯だと思って参加している」
・「私は△△だと思って参加している」
・「私は✕✕だと思って参加している」

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同様に、Gravity利用にもモダリティの差異あります。
・「私はSNSだと思って使っている」
・「私はマチアプだと思って使っている」
・「私は同好の士とオンラインで繋がるために使っている」

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このように、あらゆる場面でモダリティの差異がありますが、
ややこしいのは、『モダリティの差異』があることを認識することが、
●本人には困難で、
●非常に高い①メタ認知、②構造把握力、③抽象思考力が要求される点です。

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ここから、問に触れますが、
『批判的思考』も『モダリティの差異』があるのと、その差異を『批判的思考』を行うものが認識できるのか?という前提があると思います。
➜モダリティの差異を認識する者と、していない者とでは、その『事象』に対する見え方、認識、自己の立ち位置等が大きく変わるため。

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[星2]まとめ

●『批判的思考』を行う場合、彼我でモダリティの確認をしておいた方が有意義なやり取りになる。

●モダリティの差異を認識する者としない者とでは、摩擦可能性が高い
(厳密には構造的ズレやギャップ)

●『批判的思考の対象となっているもの』の捉え方で、既にモダリティの差異が生じている場面も。

●自己が無意識に行っている前提認識により彼我でモダリティの差異が生じていて、双方ともそのことに気が付いていないことが非常に多い。

●モダリティはメタ語彙。
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たむい

たむい

批判は出来事に対して行うべきであり
人格には行うべきではない
この区別ができているかが重要です

性悪説で言われている悪は
性質ではなく状態と捉えるべき

今日朝起きられなかったのは
私の性質ではなく
私の朝の状態がよくなかった
昨日夜更かししたから

いつも朝起きられないのは
いつも朝の状態がよくないから
だらしない人だからじゃないんです

朝の状態がよくないことを批判し、改善するには
寝る前を改善する必要があると気付くことが大切なんです

だらしないから起きることができない
だからしっかりしようは無理なんです
人格批判は無意味なんです

出来事の発生
その原因解明
原因が発生しないように改善
この一連を批判的思考としてとらえる

そうすると自分がダメという思考にはならなくなります
私も含め人はダメなんです
性弱説なんだと思います
そんな弱い自分に期待せず
そんな弱い自分でも行動を改善せざるを得ない環境を整えることが大切だと思います

起きる時間を決めて
起こしてもらうでいいんです
人に頼ればいいんです
私も妻に起こしてもらってます
人は弱いので



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