何のために人間は生きているのだろうか🤔

でぃあ☆ぶろ
ただこの世に生まれただけ
生かされているだけ
理由を見つけたいのが人間なんだなあ

りょうたろう

青色の空。
“宇宙”というとても大きな一つの生命体の意識が、人間を含めた生命体の意識を通じて様々なものを感じるためにあるのでは?
…という仮説で考えています。
身近で分かりやすい意味で話すと、
人間の本能は“生き延びるため”に生きます。
そのための手法や選択の結果が自他共に良かろうと悪かろうと“生存のため”にあります。
私たち人間は、
生まれてから生涯を終えるまでの
幸せと苦痛を感じる量はみんな等しくなく、
実は大きな偏りがあるのでは?
と思っています。
それも自他共に意味があることとして。
“何のために”
というのは、これからは目に見える形ではなく、
一人一人が持つ意識の中で、
何を見て、
どんな方向性で、
何をしたくて、
何をするのか。
そして、
それらは“今”という一点だけを見た、
付け焼き刃のような目の前のことだけではなく、
過去を受け入れ、自分自身で腑に落ちて納得し、
“今”という瞬間を感じながらやりたいことをやるということ。
それが自分にとって“生きる”、“生存しやすくなる”
という循環として還ってくるイメージがはっきり掴めたとき、
一人一人にとっての生きる理由や意味、役割に気付いていくのかなって思います。
その時にはいろんな人たちが自分に意識を向けてくれている、あるいは、気付けば自分にたくさんの人の注目や感謝が集まっていたりする。
…のかなって思っています。
今のみんなが見ているのは、
“結果や成果物”
ではなく、
その人の
“生きる・生きていく という方向性”
なのかなって思っています。

タヌ本
ひとまとめにする必要性はないと思う。
ちなみに自分は自己満足する
ために生きるのが自分には
合ってると思う。
積み立て投資はそのための
手段に過ぎない。

oka

あーりん

ロロ

Ryan
幼少期に将来の夢を聞かれた経験は誰しも一度はあるのではないだろうか?そして大抵の人は将来なりたい職業を答えたのではないだろうか。
今、その職に就いている人もそうでない人も、生きるためにはそれを支える資金が必要という事には同意して頂けるだろう。
もう少し先を考えると定年がある。年金は働かなくてもお金が入ってくる制度なので、基本的にもう稼ぐ必要は無いはずだ。
さあここからが本題だろう。何のために老後を生きていくのだろうか?想像するに、最期の瞬間に私の人生がどの様なものであったかを振り返り、私という個人が存在していた事を確かめたくなるような気がする。つまり、私の人生は唯一無二であったと証明する為に生きていくのではないだろうか。
というわけでまとめ
幼少期:将来の夢を叶えるため
青年期:お金を稼ぐため
老人期:私自身を証明するため(予定)

N

ゆー
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