
あさい
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あさい
無名だが、福岡県初の社長推薦合格者であり、
とても待遇が良い方だと思う。
業界人が多く集まるパーティにも社長に連れられ参加したこともあったし、撮影現場に行き、楽屋挨拶のような感じで人脈を作るのに協力してくれたりもした。
様々な著名人に会い、話をした。
その中には、彼女の“推し“も居た。
私は、とても複雑だった。
なぜならその著名人は、私と同じ事務所の先輩だったからだ。
彼女にとっては、到底手の届かない画面上の人なのかもしれないが、私にとっては、同じ事務所の先輩である。
皆が想像しやすい例を出すのなら、
“恋人が自分のバイト先の先輩を推している“
という感覚だ。
気まずいという気持ちと、悔しいという気持ちが混ざり合う。
その中で、最悪な仮説を思い浮かべてしまった。それは、その先輩と出会うために、私と付き合ったのかもしれないという仮説だった。
私は、その先輩に年に3.4回程会う。
それを彼女に話したことは一度もない。
しかし、もし彼女がそういうことを考えて、
私と付き合ったのだとしたら…
考えるだけで胸が張り裂けそうだった。
私は、やはり“推し“という都合のいい言葉が
嫌いなのである。
自ら推される側の立場に立っているのにも関わらず、私を推している人の中にも彼氏持ちの女の子が居るという事実を知りつつ、その人達の応援のおかげで生きているというのにも関わらず、私は、彼女に“推し“という都合のいい言葉を使って、他の異性に惹かれて欲しくないのだ。
恐らく私は、どうしようもないほどに我儘なのだろう。しかし、推してくれる人がどんな感情で、どんな表情で、どんな言葉をかけるのか。
そして、業界人と繋がるのが、意外に簡単であるということ、どこに行けば出会えるのかということも、全て知っているからこそ、
私は、辛いのだ。

あさい
彼女は、外見も素晴らしいがそれ以上に、
性格が良い。愛情表現が苦手で、あまり言葉にしてくれないのは少し寂しいが、彼女の行動は全て私への愛が籠っている。
しかし、私は最近、疑問に思った事がある。
推しと彼氏への“好きの違い“とは、なんなのだろうか、と。
推しに対する好きは“一方通行“で、彼氏に対しての好きは“双方向”だとよく言われる。
しかし、私は理解出来なかった。
“一方通行“の好き、すなわちこれは“片思い“
“双方向“の好き、すなわちこれは“両思い”
なのでは、ないだろうか。
つまり、彼氏が居るのに推しがいる人は、
好きな人が複数人おり、その中で付き合えそうだった人と付き合った。ということなのでは、ないだろうか。
もし仮に推しから「今度会おう」とDMが来た時に、しっかり断ることができるのだろうか。
恐らく、大半の人が断らない。
なぜなら好きだからだ。
私だって、片思いしている人から会おうと言われた場合、断ることなんて絶対にない。
どんな予定があっても、ずらしたりして会いに行くはずだ。
ここで、推しからDMが来るはずないじゃん。
と、言う人がいるかもしれないが、そういうことでは無いのだ。
浮気というのは、“浮ついた気持ち“と書き、
浮気と読む。
付き合っている人が居るのに、推しがいる。
推しにかっこいい、好きなどと思い、それを言葉に出したり、グッズを買ってお金を使う。
これは“浮ついた気持ち“ではないだろうか。
近頃では、同じ学校の生徒、また職場の人を
推しということもある。
KーPOPアイドルなど、到底手の届かない方々を推すのならまだ理解できる。
しかし、身近な人を推すというのは理解できない。推しという“都合のいい言葉“を使い、浮気を正当化しているようにしか思えないのだ。
と、長々私の意見を述べたのだが、
結局私が思っていることは、現状が辛いということである。彼女に推しがいる。つまり、どれだけ頑張ったとしても、私は彼女の1番に、なれないということだ。確実に2番手以下である。
その事実が確定しているのに、私は1番彼女を
愛しているという悲惨な現状が辛いのだ。
1番愛している人の1番になれないというのは、
言葉に表せない程、苦しいのです。
顔をかっこよくしても、筋トレをして体を美しくしても、彼女に尽くしたとしても、何をしたとしても、私は、2番手以下なのです。
誰かの1番になりたいと願っても、
私は結局、2番手以下の人間なのだと、現実を
突きつけられる。
私の願いは、恐らく一生叶わないのだろう。
だが私は、彼女を愛し続ける。
2番手以下だが、愛してくれているのに、
代わりはないのだから。
