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トムトム

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身近なところでは決して言えない だけどはきだしてしまいたい 義母の事 呟きます ごめんなさい フォローしません。お返事しません。
料理
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人に沢山のものを与え続けた人生で
人のためばかり動いてきた人が
最後の最後で
自分の思いを突き通した

他人は弱かったというだろう

けれど
辛かっただろう、そして強がってきたのだろう

そこからやっと解放された今は
大好きな人達に会えてるかな
好きなもの沢山たべられてるかな
って思ってる
自分であちらへいった人は
天国に行けないというけれど
義母はきっと違う
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ただ
この終わり方が
義母の本当に望んだ最後なのか。
それはいまだ疑問

そんなカタチで?
そのタイミングで?
本当に?

恐らくみんな思ってる
少し突発的な気もするから

それが聞きたいが為に
夢枕に立って欲しいとさえ思う
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確実にそれに向かって準備をしていた事は
部屋の片付けをしていてわかった
重要なものはわかりやすく1箇所に固められていた。
なので手続きはほぼ困る事なく全て問題なく出来た

そして家族への手紙

柩に入れて欲しい写真、物
それらも置かれていた

全て義母の希望通りにした

それが義母の最後のわがままだから
私たちでできる事は全て叶えたい
これでいいか?ときいても
もう返事はもらえないのだけど。
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そこから怒涛の日々

時折色んな思いが波のように溢れて
ズンっと落ち込んだり涙ぐんだり眠れなかったり

それでも最後のお別れの準備や
様々な手続きがあり
みんなそれをするのに必死だった

なぜ?って考えても
本人の口から聞く事はできないのだから
答えが出るはずもないのに
何度もなぜ?なぜ?って考えてしまう
未だに思う
なぜ?
これは永遠になくならない
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その日は年末年始の話もしようと思っていた
決まってない事もあったし
欲しいものは事前に用意したかったから

そんな事を考えながら義母宅へ

義母はすでにいなかった
正しくはそこにいた
ただし、すでにこの世にはいなかった

あまりにも突然すぎる最後だった
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ほぼ毎日誰かが義母宅へ顔を出した
特別決めてはいなかったので
何人かがかぶる事もあった
それはそれでみんなで取り留めのない会話をしつつ、義母の様子を確認する
そうして気がつけば義母が少しづつでも
前のように戻ると思っていた
けれど日に日にしんどいと
ベッドにいる日が増えた
寝たまま会話をする事も増えた
前までは考えられない事

毎日起きたらお風呂に入り
化粧をし、髪を整え
綺麗な服に着替える

そんな義母がどれも出来なくなったんではない
しなくなった

それでも少しでも何か口にした
と聞けば
少しホッとして
また何か買っていった
全部食べられなくたって良い
味見だけでもいい

少しでもくちにしてほしかった

最後の日渡そうとしていたものは3種類あった
義母が好きそうなもの
それは結局義母は目にする事も無かった
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しばらく入院したのち
お医者様の許可がでて退院した

家に帰ってきたがまったく嬉しそうでは無かった

前よりもさらに痩せた義母を見て
恐らくまた自分でするんではないかと
そこにいたみなが思っていた
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師走に入る少し前
義母は自分で
逝こうした

しかしその日は私や他の家族もたまたま行く予定にしておったため、早くに気づき病院へ運ばれた
一命を止めた義母だったが
恐らくこの頃には鬱気味になっていた様子
体調が悪かったのだろうが(この時も大きな持病は無し。内臓の一部が栄養が足りて無いため機能は低下していた)
その体で自ら食事を極力摂らないようにしていたようにみえた
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少し体に老いを感じ、食事量も減り
食べられない
と言っていた義母
亡くなる1年前の年末
ほとんど食べられないと思う
と言っていたが
親戚がもってきたお酒を何杯も飲み
おせちや他のものもつまみながら上機嫌だった
まだまだ元気だな
そう思っていた
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義母の家はいつ行ってもピカピカだった
毎日掃除をし、埃一つなく
ものも整頓されていて
無駄なものが無い

そういうイメージでしか無かったけれど
義母がなくなり
少しだけ整理していると
手付かずの本や、何十年前の雑誌?!や
一つの種類のものがいくつもの部屋に分けて置かれていたり、他にも色々
意外な部分が見られて
少し可愛く思えた
義母も人なんだなと(あたりまえ)
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食事が食べられない
欲しくない
お腹空かない
と頻繁にいうようなった義母
確かにあまり食事はとれていない様子だった
しかしよく聞けば
アイスはいくつも食べていた
そしてお腹の調子を崩していた
私は言った
そりゃ一日にいくつもたべたら私だってお腹痛くなります!一日一個までにしてください

そりゃそうだろ
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ここ数年
初めて手術をした義母
それはよくある手術で経過も順調
入院は病院が嫌で早めに退院したものの
特に何も起きる事なく過ごしていた
しかし、入院も手術もした事がない義母は
まだお腹が痛い
失敗されてる(なんども色々な病院で診てもらった)
辛い、しんどい
というようになった

思えばこのあたりから
義母の中で色んなものが崩れ始めたんだ
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義母は若い時も80歳になった今だって
ほんとに美人で綺麗な人だった
若い時の写真はミニスカートはいて
スカーフ巻いて芸能人そのものである
年齢を重ねてからも往年の女優さんのような風格を持ち、周りからも決してその年齢には見えなかった
スタイルだってずっとよくて
顔面に何の課金もしていなくて
シワもシミも少ない
本当に美しい人だった

だけど本人は体も見た目も老いを感じる事が増え
それがとても嫌だったらしい

いつからか、写真さえも嫌がるようになった

ただ家族からも周りからも
ほんとに若い、綺麗だとみな言っていて
そこに嘘は全く無かった
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わたしはそれを言われるのがすごく嫌だった
いやいやいや、まだまだですよー
と最近では言えるようになってたけど
嫁いですぐには
苦笑いしか出来なかった
正直それを何十年と(昔から言っていたらしい)聞かされ続けたら流石に鬱だわ
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結婚してこの家に嫁ぎ
20年間聞かされ続けた事がある
それは
私はもう今年いっぱいしか無理だから
来年にはいないと思う
と。
ちなみに義母は
大病もした事がないし
持病もありませんでした。
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私が作ったものの中で
唯一義母が口にするものがあった
それはお稲荷さん
義母から教えてもらったものだ
ただし味付けの分量はもう覚えていない
私の好みで作っている
ただそれだけは美味しいよーと
食べていた
味覚は当てにならないな
と思った
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ありとあらゆる高級なものを食べてきた義母だから、旦那は私が作ったものを義母宅へ持って行かせたく無かった

私の味付けはここの地域の味付けでは無いから
それが1番大きいのだろう

私は自分の母の味が1番好きだ
逆に義母の味は、とても料理上手な方だけど
好きなものとそうで無いものとある
そんなもんだろう

私がとあるおかずをつくっていった時
私こういうのは食べない。
とほんとに一口も食べなかった
流石にびっくりしたw
でもそれが義母だ
なのでそれからは
義母へでは無く、ほかの家族が食べるであろうという想定のものしか作らなかった


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義母にはデリカシーという言葉が無い
私がかなり大きなイメチェンをしたら
あら、若作り??w
と言われてそれがとても嫌でそこからその髪型にはしていない。
子供達がまだサンタを信じていた頃に
子供達がいる時にサンタの正体の話をズケズケと言ってくる。
コンビニ、チェーン店、その他飲食店のご飯も
自分の口に合わなければ
『美味しく無い』
と堂々と言う
白いものもあの方が黒といえばそうなのだ

そこが私はとても苦手だった
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結婚して20年
初めは激しく苦手だった義母の事も
後半からはなんとなーく扱いがわかるようになってきた。
絶対否定しない。褒める。
訂正したい時は正しい情報をもとに伝える。
というので逆鱗に触れる事なく
やってこれた。
逆鱗に触れたが最後、スパッと断ち切られるから
私はいいけど、旦那が可哀想だから。
私は別に切れたとて何の痛手も無い
けれど今思えば、そうならず
義母の前では少しだけ控えめにやってきて良かったと思う。
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亡くなるまでお金に困る事は無いくらい持っていた母だけど、何かあれば
あの時私が払ってあげたお金、返して!
と冗談まじり、だけど少し本気でよく言っていた
(旦那は借金はしていない。学費とかその類の事)
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義母には子供がいない
旦那さんはいたけれど早くに亡くなった
けれど7人くらいの子供を育ててきた義母
全て親族の子供達
理由は様々だけどそんな人聞いた事無い
生活の為のお金、食事や学校、送り迎えなどもしていた。
それが出来るくらいの財力があったためなのが大きな理由だろうが、それは押し付けて良い理由にはならない。
おまけに色んな人間がお金をかり
その大半は返されていない
それを無くなる直前まで
あの人はこうだ。この人はこうだった
とよく話していた
私にはわからない部分だし
話に合わせて相槌を打つくらいしかできなかったな
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義母とはいっても実は義母ではない
旦那の育ての母で戸籍状は伯母だ
小さな頃から
母のいない旦那の母親として全てをしてくれていた方だ
なので私が嫁いだ時に
『おかあさんと呼んでいいですか?』
といってそこから義母になった
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息子達の出産の時
普通分娩で特にトラブルは無かったものの
産後直後はほとんどのママ達と同じように
疲労困憊でただただ休みたかった
だけど義母は産後すぐの当日やってきた
嬉しいのはわかる
だがしかし
せめてら次の日でもいいんじゃないか?
私は直後のフラフラの状態で
体を起こし笑顔で対応せざるを得ない
なので2人目の時は当日はやめてと伝えて欲しいと旦那に言ったが、やっぱり当日来た
この人にはわからない事なんだなぁって思った

だから3人目
全く違う病院(車じゃないとアクセスが悪いうえに、コロナ対策で面会は退院までずっと禁止だ)で出産し、私は退院までこれまでした事ないくらいのんびりと過ごせたのは天国だった
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まだ子供達が幼い頃
私が体調を崩し入院した
旦那は仕事もある事から
義母に息子を預けていたが
ずっと預けたままも大変だと思い
私達夫婦で私の母にもお願いしようと決めて
それを実行した
するとそれに大激怒
勝手にそれを決めた事。うちの母が義母宅に息子達を迎えに来た時にわざと荷物を奪うように持って行った。と•••••
ただでさえメンタルが落ちていた時に
義母のソレに私は泣いた
まず相談しなかったのは申し訳無かったが
あまり子供の扱いがうまくない義母には負担過ぎるだろうと思ったからなのと
うちの母はまず人にそんな事しないし、そんなタイプではない
念のため確認もしたが絶対にそんな事していないととても悲しい顔をしていた

そこから義母はもううちの家とは関わりたくないし、話も出して欲しく無いとの事で20年間ほとんど私の口から実家の話をする事は無かった

しかし義母が亡くなってそこから解放されたのは
私にとっても子供達にとっても(子供達には小さな頃からこちらの実家では私の実家の話は決してしない事と言い聞かせていた)肩の荷が降りた想いだ
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義母は白黒はっきりした人だった
嫌い!と思ったらその思いは2度と曲げない
良いというものはとことん褒めるし、
人にも勧める
私からすると
少々扱い辛い方でもあった

初めて顔合わせした時にも
笑顔一つ無く
私は怖いとしか思わなかった

のちに分かったのは
義母と一緒に住んでいた現旦那が家から出る事が
寂しくてたまらなかったらしい
いやわかるけど
せめてもっと歓迎ムードでもいいじゃ?
とも思った
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義母が亡くなった

年末、もう年越しがすぐそばという時に。
その日は皆んなで義母宅に集まる予定だった
楽しくなる予定だった
なのに•••
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