自分は別に多重人格でも何でもないけど、イラッとすることも、うぇーいってなることも、ダーティーになることも、ネガティブになることも、おふざけすることも、いろんな感情があるわけで。SNSでもリアルでも自分のキャラクターって周りとの関係性の中で形成されていくもんだから、自分の全てを曝け出せる環境なんかなく、一言で言うと疲れるんです。なので、GravityとかXでは、それぞれの自分用に複数アカウントを作ったりをする時もある。でも。例えばダーティーな自分と繋がる人は同じようにダーティーな人が多くて、自分でもそれを求めてたくせに、いざ仲良くなったら、本当はうぇーいな一面を見せたい、けど引かれるかもってなって、結局は何かしら我慢したり気を遣ったりしてしまう。ただ、稀にいる。全てを曝け合えるような人が。そーゆー人とは、会ってみたいなって本気で思う。
税金やら社会保険料やらキツイけど、文句言っても改善されるわけはなく。いつの時代も変えるには環境を変えるか自分が偉くなるかしかなくて、そのどちらも無理なので大人しく払います。でも、税金保険がきついというよりその使い道なんでしょうね。文句言いたいのは。
今日は会社の忘年会だったのだけれど、それはまあ下世話な話ばかり。年とって尿もれがどうとか、風俗がーとか、オレは外人も経験あるとか、奥さんと行為が復活したとかしないとか。本当どうでもいい。ラストオーダー終わってるのにその話何分続けるん?ってくらい長くて、女性はいなけれど若手の男の子はぐったりしてるかスマホ見てるかで暇そうにしてるし。忘年会行くか行かないかなら不参加にするのに、12月のどこがあいてるかのアンケートだったから参加せざるを得ず。。時間5分前に行っても遅れてくるやつばかりだし。行かなきゃよかった。
今日会社で。定時後の出来事。僕の隣に座ってる人(ここではAさんとして)に用事があった人(年上の部下)が訪ねてきた。Aさんは離席していた。「Aさんってどっかいった?」(タメ語)「はい、どこかに行ってますね。行き先はわかりませんが。でもカバンがあるので帰ってはいないとは思いますよ」「はっ、そりゃ見ればわかるよ(何言ってんだこいつみたいな半笑いで))って返されてなんかイラついたから「なら離席してるんだからどっか行ったのも見て分かりますよね?」って真顔で返した性格悪いでしょー
「まずはメッセージで仲良くなってから」って難しくない?会って話す>電話で話す>文字で話すの順に情報量は少なくなっていくのに敢えてメッセージにしている理由は…ほよどのことがないとメッセージで仲良くなるのって難しい。つぶやきは独り言だから置いといて、個別にDMするのってなんらかの興味があるからであって、相手のことが知りたいからコンタクトしてるのに篩にかけられてる感じ。希薄だなー
セカンドパートナー欲しい?の質問に、ただただ共感してくれるだけの存在が欲しいとか、理解者が欲しいとか、要するにネットの世界だけでって回答をよく見かけるんだけど。それってほぼAIじゃないか?信頼関係ってやっぱり会って仲が深まらないと構築できない。どんな顔してて、どんな名前なのか、どんな表情で話すのか、笑顔をちゃんと見て、人としての暖かさがあるのか、目を見て話すか、一緒にいて楽かどうか、そうゆうのをトータルして『癒されるなあ』って思う。少なくとも自分は。
一応GRAVITYとXは使い分けてるつもり。Xは趣味の繋がり。GRAVITYは心境の繋がり。普段思ってること、決して周りには言えないことを吐き出すのがGRAVITY。吐き出したいけど本当は誰かにわかってほしいと思いながら呟くこともある。Xと違って自分のフォロワーに向けての発信じゃないから気軽に呟けるけど、どこかの誰かに気がついてほしい、できれば近い距離に来てほしい、そんな時もあるのよね。
GRAVITY何気ない投稿を気軽にできる分、仲良くなることがハードル高い気がする当たり障りのないコメントと一度きりのコミュニケーションで終わることがほとんどじゃない?DMする人もいるけど、深く踏み込んでいいのかもわからないし、めっちゃ気が合う!って思うかどうかも数回のやり取りじゃわからない友達の作り方わからなくなってきたぞ…
これまで、仕事休んじゃいけない、自分のせいで家族に感染させてはいけない、家族から感染して一家ダウンとダメってことで、自分のためだけではなく家族のためインフル予防接種を受け続けてきたここ数年、摂取してるの自分だけだった家族(嫁・子)は打ってなかった。。なーんだよ
嘘のような思い出話僕がまだ中学生の頃、当時は学年が一個違うだけでも先輩はおっかない存在だった。隣町のゲームセンターに遊びに行くと、同級生かもわからない怖そうな人や明らかに年上の学生がたむろってた。そろそろ帰ろうかというところで友達の1人が自転車の鍵がないといったのでみんなで辺りを探したが見つからず、店内に忘れたかもというのでその友達は店に戻り、僕らは駐輪場で待っていたら、店から出てきた高校生に絡まれ、殴られ、金を奪われた。店内から友達が戻ってきた。鍵はポケットにあったらしい。今ではゲームセンターといえばクレーンゲームかメダルゲームがたくさんあるけど、昔は50円で1回プレイするようなビデオゲームがたくさんあった。あの頃のゲーセン良かったなぁ
昔からその気はあったと思うけど歳をとるにつれて段々と潔癖的な自分が現れ始めた・銭湯とか温泉とか他の人と同じお湯に浸かりたくない・漫画喫茶とか誰が何したかわからない椅子や座敷に座りたくない・他人の手で握られたおにぎりは食べたくないお店でも素手で盛り付けしたりしてるの見ると食欲なくなる・電車の吊り革触りたくない・ドリンクバーのコップを使いたくないなどなど…
個人的にはネットでもリアルでも関係性に差はないです。顔も名前も知らないから話しやすいとかはあるかもしれないけど、仲良くなれば会ってみたいって思うし、入り口がリアルな世界かネットの世界かの違いでしかないです。というより、ネットだからいつでも切れるとかそういった軽視をしたくないと言った方が適切かも。リアルで知り合う機会が年齢とともに減ってきてるのとネットがここまで身近になったことで、気の合う人と知り合えたらなってだけで、ネットだから〇〇とかは特にない。大きく違うのは内面から入るか外見から入るかのアプローチ。外見から入れば内面が合わなければ疎遠に、内面が良くても見た目(清潔感や身だしなみ)が微妙なら疎遠になる。結局たどり着くところは一緒。ご縁がなかったとなるわけで。いかに自分が自然体でいられるか、相手が自然体でいられるか、これがカギじゃない?というわけでネットもリアルも関係性構築に差はないし、どんな出会いだってウェルカム。
生きていると色んなことがあるけど本当に些細な自分だけが気にしてる気に入らないこと恋人を相方呼びする人→漫才か?SNSのDM以外でプライベートな会話する人→LINEとかでやれSNSで親密アピールする人→街中でちゅーしちゃうタイプ?エレベーターの中で黙れない人→マグロか?他にも色々…
大人気ないかもしれないけど幼稚園の運動会とかのプログラム名にいつも小っ恥ずかしさを覚える。子供達は一生懸命演じてるのはかわいいけど、その演目名を考えたのが大人だと思うとどうしても客観視してしまう。例えば『アイドルになろう!アイスクリームと革命道中、みんな何が好き?』みたいな全部入りしたようなやつとか。関東人ながら思うわけです。なんやそれって。