今日は月曜日。仕事は思っていたより順調で、ToDoリストはだいたい4分の3くらいまで進めることができた。最近はアニメの新作が一斉に始まっていて、毎週月曜日に新しい話数が更新される。通勤時間にそれを見るのがちょっとした習慣だけど、月曜日のうちに全部まとめて見てしまうのはなんだか、もったいない気がしている。どうせなら少しずつ、時間を分けて楽しみたいなと思いながら、今日はそんなことを考えていた。そんな流れで、3〜4年くらい前にやっていた『ブラッシュアップライフ』をまた見始めた。前に見たときは、忙しくて途中で見るのをやめてしまって、面白かった記憶だけが残っていた。話の細かい内容はほとんど覚えていなかったけど、改めて見返すと「ああ、こういう物語だったな」と思い出しつつ、話が進むにつれて「この話はどこに向かうんだろう」「最終的にどう落ち着くんだろう」と考えるようになった。人生を何周もしている人がいて、友達を助けるために何度も挑戦している。そのことが分かってから、この物語の見え方が大きく変わった。これまでの自分は、「来世でまた人間になれるように」とか「徳を積むために」どこか自分のために良いことをしていた気がする。でもこの話では、次が最後の人生だと知ったうえで、ただ「友達に良い人生を送ってほしい」それだけを理由に行動している。自分より相手を優先して、嫌なことが起きないように、自分の環境まで変えていく姿がすごく心に残った。もし自分も、人生を最初からやり直せるとしたらどう生きるだろう。後悔を減らすというより、自分の体を大切にして、大切にしてくれた家族や友達に感謝しながら生きたい。もちろん自分のことも大切にしたいから、やりたいことや挑戦したいことは今とは違う選択をしているかもしれない。でも人生は一回きり。もうだいぶ先まで来ている気もするけど、今からでもできることはある。感謝を伝えること。やりたいことを後回しにしないこと。後悔しないように、ちゃんと生きること。今日は、そんなことを考えた月曜日。
夜の時間が急にぽっかり空いて、なんとなく吉野家でスマホを眺めていたら、Netflixで「Cloud(クラウド)」という映画を見つけた。転売をして生きている男が、知らないうちにたくさんの人の恨みを買い、ついには命まで狙われる話。正直、話としては少し大げさで、「そこまでなるか?」と思いながらも、なぜか最後まで目が離せなかった。主人公は、人の気持ちをほとんど考えない。自分が正しいと思ったことを、そのまま“正しさ”として生きている。誰かが困っていても、誰かの生活が壊れても、それは自分の問題じゃない、という顔をして。法的には、たぶん悪くない。ルールは守っている。でも、どこか「それは違うよな」と思ってしまう。昔、自分もメルカリで似たようなことをしていたことがある。安く仕入れて、高く売って、ラッキーだな、くらいの感覚で。罪悪感がゼロだったわけじゃない。でも、その“ほんの少しのズレ”を、深く考えもしなかった。もしかしたら、人ってそういう小さなズレを放置し続けることで、気づいた時には全然違う場所に立ってしまうのかもしれない、と思った。お腹を空かせている人がいる横で、自分だけが全部買い占めて、「お金を払ったから問題ない」と言える世界。それはたしかにルール上は正しいけど、たぶん“生き方”としては、どこかで歪んでしまう。親になった今、子供に「それは違うよ」と言える大人でいられるか。ちゃんと導けるか。自分自身がちゃんとした場所に立てているか。少し、怖くなった。挨拶をすること。ありがとうと言うこと。人の気持ちを想像すること。そんな当たり前のことを、ちゃんと続けていくことが、案外いちばん大事なのかもしれない。全部を完璧にすることはできないけど、せめて、小さなところから。今日より少しだけ、ちゃんとした人でいたい。