私がイヤだなあと思うのは「いろいろつっこみどころはあるけど」って前置きして作品批評すること。なぜ、そんな浅いセリフを使って『自分は優れた人間だ』と主張しなければならないのか、考えて欲しい。「いろいろつっこみどころはあるけど」って、それは感想じゃない。自己紹介。無条件に楽しんだと思われるのが怖くて、浅い人間だと見られるのが嫌で、先に“私はちゃんと分かってる側です”という名乗りをしてる。指摘をまとめるつもりもないくせに、欠点に気づける自分を演出しないと「楽しかった」と言えない感じ。それは批評じゃなくて、その人のプライドの問題。立ち向かうべきは作品ではなく自分自身ではないのかしら。楽しむ前に、自分が賢い人間だと証明しなきゃいけないのは、感性として未成熟なのでは。(いや、子どもならOK!成長過程だから!)
心が折れてしまってからは家は帰る場所じゃなくなってしまったのかなそんな状態なのに同じ家で生活しなければならないって地獄でしょう結婚も結局は『どちらか、あるいは両方が相手の心をへし折るまでの契約期間』てことかしら
この前のごはん会。知らない人同士で当たり障りのない話をしてる最初の時間が好きじゃないけど見てる分には楽しかったりする。メガネの静かな男のひと、話すテンポが感じ良くて、わたしを見透かしたように「ぼくもウワベの質問していい?」って話しかけきた。「好きだけど、人には好きだとあまり言わないことってなんかある?」言うか言わないか迷ったけど質問の仕方が面白かったから話すことにした。ちょい古い映画(アカデミー賞で作品賞にノミネートされてる感じの)が好きで見まくってることを話したら、メガネくんも知ってる映画が2本あった。なんか楽しかった。なんにもなかったら仲良くしたいけど今のわたしじゃなあメッセージくれるし返信考えるのは楽しいけどどうすんだこれ
アナ雪3楽しみすぎる中学の時見て、うちの姉妹だとお姉ちゃんがアナっぽくて、溜め込む私がエルサぽかった。でも妹だしアナの天真爛漫なところとか羨ましかったなあ アナの行動力と明るエルサの孤高さと解き放つ強さは私にはまったくないしどちらにもなれないじゃん