
犬の分霊箱
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確かに多くの表現が史料として残っていることは疑いようのない事実で性文化としてはおおらかだったとは言えるでしょう。
しかし、ここで重要なのは、春画が描いた多様性が、当時の社会全体を反映したものか、それとも理想化・幻想化したものかという点です。
例えば女性同士が描かれることも多かったが、これは男性による想像によって描かれており、女性の自発的な活動の結果ではないし、さらに春画自体が当時の商業であって、男性のために描かれてきた、という点も無視できないです。
こうした史料がどうやって生まれ、どのような位置づけにあったか、を検討する必要がありますし、なにより、春画によって描かれていないものを見定める必要があります。
例えば被差別民についてはほとんど描かれていません。常に身体は理想化された魅惑的な身体で描かれていますし、何より女性の視点で描かれる性描写は大奥や日記に僅かに残る程度です。
社会学は社会と距離を置き観察する技術でもあります。こうした技術が、春画から多様な表現文化の根底にある、売り物という性質を浮かび上がらせます。
つまり、かつての日本には、一方的な男性の商品化の上に多様性があるわけで、今求められている多様な表現とは、様々な人たちによって様々な人が様々な形で描かれること、にほかなりません。単に様々なものが描かれているからと言って、社会が多様性を重んじていることにはならないのです。

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アメリカだけではなく、世界中の国家が正当化をすることなく罪を認める、日本もその一員です、そうしなければヒロシマやナガサキで散った命に顔向けなどできません。
歴史家が作った歴史を念頭に政治での議論が進むことを期待します。

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僕がおすすめするのはNHK新書から出た哲学史入門です。対話形式で多くの哲学者がそれぞれの専門を軽く解説しています。

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正直言って胸糞が悪いです、彼らがすすめたのは哲学ではなくスピリチュアルです。
認めたくない人が多いですが、大抵の人のする哲学は哲学ではなく単なる個人的な意見です。

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