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#花彩命の庭 #初投稿 #タスク

『花彩命の庭 — 追憶のフィルム』

夜のバスは、ほとんど空っぽだった。
窓の外を流れる街灯が、まるでフィルムのコマのようにぱらぱらと切り替わっていく。
蓮(れん)は首をもたげ、揺れる明かりの中で古いカメラを抱えた。

このカメラは亡くなった祖母の形見で、
シャッターの感触だけが妙に生々しい。
フィルムを巻くと、微かな音が胸の奥に響く。
もう何度巻いても、中にフィルムは入っていないはずなのに。

終点で降りると、風の中に、ありえない匂いが混じっていた。
雨上がりの土、濃い蜜、そして懐かしい畳の匂い。
胸の奥がじんと熱くなる。
祖母の家でよく嗅いだ香りだった。

気づくと、崩れかけた廃神社の奥に細い光の筋が見えた。
導かれるように足を踏み入れると、そこに広がっていたのは
どこか別世界のような庭だった。

花々は現実のものとは思えない色を放ち、
風が吹くたび光の粒が舞い上がる。
蓮は思わず息を呑んだ。
そして本能的に、形見のカメラを構えた。

シャッターを押す。
その瞬間、景色が波のようにゆがんだ。

頭の奥に、祖母の声が響いた。
「蓮、花を撮る時はね、“いのちが残る瞬間”を写すんだよ」

次の瞬間、庭の中央にひとりの少女が立っていた。
白いワンピース。
足首まである黒髪。
その瞳は、こちらを知っているようにまっすぐだった。

「君、誰……?」

少女は答えず、ゆっくりと手を差し伸べた。
蓮が触れた指先は温かいのに、どこか遠い。

「フィルム、まだ残ってるよ」

少女の言葉と同時に、カメラの中でカチリと音がした。
蓮が戸惑っていると、少女は花々の海の中を歩き出した。
ひとつひとつの花の光が、彼女の後ろ姿を淡く照らす。

蓮は気づいた。
少女の輪郭は、どこか祖母の若い頃の面影に似ている。

「……おばあちゃん?」

少女は振り返らなかった。
ただ、庭の中央にある一本の大きな花に触れた。
花は光のように波打ち、庭全体がふっと明るくなる。

その光に包まれた途端、蓮の胸に何かが流れ込んだ。
あの日、葬儀の日に伝えられなかった“ありがとう”。
帰れないと思っていた実家の匂い。
一緒に見た夕暮れ。
置き去りにしてきた言葉のすべてが、溶けるように浮かび上がった。

涙が滲んだ。
シャッターを切った。
柔らかな光が音もなく弾けた。

次の瞬間、蓮は廃神社の前に立っていた。
光も庭も少女も消えていた。
胸の中には、あたたかい余韻だけが残っている。

カメラを見ると、
空だったはずのフィルム残量窓に“1枚”の数字が灯っていた。
蓮はゆっくり拳を握りしめ、夜空を見上げた。

祖母の声がもう一度聞こえた気がした。
「よく撮れたね。次は、あなた自身のいのちを映しなさい」

風が吹いて、どこからか花の香りがした。
蓮は歩き出した。
消えた庭が、どこかでまた呼吸していることを信じながら。
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#花彩命の庭 #初投稿 #タスク
庭で迷子になった少女は、花たちの香りに包まれ眠りについた。目を覚ますと、両親が涙を流して隣にいた。
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#花彩命の庭
花彩命の庭には、まだ名前のない花が一輪だけある。名前をつけた者には、その花の未来が見えるという。
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