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『花彩命の庭』—静寂篇:色を失った日から始まる物語—
朝の光が差し込んだとき、庭はまだ眠りの中にあった。
いつもなら風に揺れるはずの花々は、どこか息を潜めているようだった。
色づきの気配がない。香りの息遣いもない。
まるで世界が繊細な硝子になったように、ひび割れる寸前の静寂がただ広がっていた。
そんな静けさの中、
あなたはふと気づく。
──庭の中心にあるはずの「彩命樹(さいめいじゅ)」が、光を失っている。
その木はこの庭の心臓であり、花々と人の記憶とをつなぐ唯一の架け橋だった。
あなたが何気なく触れた枝は、驚くほど冷たかった。
その冷たさは、まるで過ぎ去った日々の後悔のように手のひらへ染みてくる。
「戻らないものばかりを抱えすぎている──」
そんな言葉が、誰に向けたわけでもなく胸の奥から零れた。
⸻
庭の左手、
いつもより深い影を落としている小径を進むと、
古びた石のベンチの上で、小さな光の鳥があなたを待っていた。
その姿は、昔この庭に訪れた“ある人”が残した想いの欠片だった。
鳥は声にならない声で語り掛ける。
「ここは、あなたが忘れたものが花の姿で眠る庭。
けれど、長い間あなたが振り返らなかったせいで、
花たちは目覚め方を忘れてしまった。」
あなたの胸に、言いようのない鈍い痛みが広がる。
誰かを置き去りにした記憶。
自分自身を置き去りにした年月。
そのどれもが、この庭に“色”として刻まれていたという事実。
だが鳥は続けた。
「まだ間に合うよ。
彩命樹が光を取り戻せば、この庭も、あなたの時間も、再び流れ始める。」
⸻
庭の奥へ進むと、
枯れかけた花弁たちが道を敷くように静かに横たわっていた。
その中央に、あなたがかつて大切にしていた“ある思い出”の影が見える。
それは、言葉にならなかった愛情や、届けられなかった感謝、
そして胸の奥でずっとくすぶっていた後悔が混ざり合った形をしていた。
触れようとすると、影はかすかに揺れ、
まるであなたを責めているかのように見えた。
「違うんだ……忘れたかったわけじゃない。」
言葉を落とした瞬間、
庭のどこかで、小さくチリと光が弾けた。
その光は、長い時を経てやっと“あなたが向き合った事実”に反応したものだった。
ほんの一瞬の勇気が、庭の片隅に色を戻す。
その色は弱く儚いが、確かに存在していた。
⸻
あなたは彩命樹のもとへ戻り、胸の奥にしまっていた記憶をそっとひとつ差し出す。
それは痛みでも、失敗でも、後悔でもなく──
「まだ終わりにしない」という静かな決意だった。
その瞬間、
樹の幹から淡い光がゆっくりと生まれはじめる。
光は枝へ、葉へ、花へ、
そして庭全体へと広がっていった。
眠り続けていた花々が、初めて息を吸い込むように震え、
色を取り戻していく。
まるで庭そのものが、あなたの再生を祝福しているかのようだった。
小さな鳥が肩に降り立ち、
柔らかな声で告げる。
「この庭は、あなたが歩いた時間そのもの。
色が戻るたびに、あなた自身も取り戻されていく。
過去は消えないけれど、未来を曇らせる必要はないよ。」
あなたはゆっくりと庭を見渡す。
先ほどまで影だった場所に、うっすらと光が差し込んでいる。
それはまだ弱いけれど──確かに希望の色だった。
どこか遠くで風が鳴る。
花々がざわめき、あなたの歩みを促す。
そして、
彩命樹は再び静かに輝きはじめた。
庭に色が戻ったということは、
あなたの人生にもまた、新しい色が増えたということだった。
物語はまだ続く。
花彩命の庭は、これからもあなたとともに呼吸しながら、
新しい季節を迎えていく。

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#初投稿 #タスク
花彩命の庭の春は突然訪れる。夜の間に花が一斉に開き、朝には世界が色で満たされた。

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老いた庭師は、花彩命の庭の中心に一輪だけ黒い花を育てていた。やがて咲いたその花は、失われた時を巻き戻した。
