『自分ルール』とは必ずしも独りよがりや、社会不適合と断定するものではない、『可能な限り 究極に近く追求した 満足の存在しない あくなき自分ルール』から不純物を取り除き、環境と時代に適応させ、協調性が生まれた時、それは『優れた、一線を画す、秀でた個性、存在』と呼ばれるものに進化したという事であると考えます。
事実とは表面的な解析をしたもので真実とは事実の上にさらに心の内や背景が加わったものである。事実を知るというのは表面と客観的な出来事の解析データ、数字、証拠を集める事である。現実とは現在起きている進行と結果のことである。と考えます。
これは非常に複雑で難しい質問だと思います。1つの視点として、『目指すべきもの』であり、目指す平和の概念がそれぞれであるが故に『戦争』が起こり、『破壊』もまた『無という平和』を目指す為の手段、行動になりうるのではないかと考えます。