共感で繋がるSNS
えぬでー

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社不適日記 これって僕の感想なんですよ
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冒険や挑戦や旅行に伴う未体験なことへの刺激は、自分探しというよりは自分発見の方がニュアンス的にしっくり来る。まだ知らない自分を自分が体感する経験。忘れてた感覚を探して思い出すこともひとつ。自分の中には無数の自分がいるんだよ。外界の刺激や情報に対してどんな反応をするのか、無数の経験から無数の自分を発見できる余地が人生にはあると思って。
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冷笑を冷笑していく。ただの否定はイヤイヤ期の2歳児でもできる。批判者ぶったただのひねくれ者はより良い方向や選択の模索にはなっておらずイヤイヤ期の延長でしかない。
人生を熱笑していく。真剣に真面目にガチで生きる。より良く生きることを選択する。この熱血は誰にも押し付けない。押し付けられる冷笑は気にも留めない。冷えたいやつらは置いていく。自分の血を熱して人生を全うする。熱笑という言葉はないらしい。
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キーボードでタイピングしてる時に人に見られてたりすると途端にタイプ速度が落ちて誤字もエグい。人の目を気にすると途端にパフォーマンスが落ちる。うまくやらなきゃとか虚栄心から来るものもあるんだろな。とことん小心者だ。もっとタイピングを上達したい。
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色んな人に迷惑をかけた。色んな人を傷付けた。関わった人達に不快感や不可解を与えてしまった。
その経験を糧にして今は真っ当に生きられてる、なんてそれらを正当化するつもりは微塵もない。ただただ懺悔している。子供だったから、なんて言い訳にはならない。恨まれてたって仕方ない。謝っても取り返しが付かない。時間は戻ってこない。願わくば俺のことなんて毛ほども思い出さないで欲しい。願うまでもなくそんなこと頭にもないだろうか。こんな願いも独りよがりだろうな。
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誰かの受け売りだっていい。自分の血肉にするつもりで言葉にしてれば受け売りはただの受け売りに収まらない。言葉が脳に流れる回路を作ってくれる。承認欲しさに格言めいた言葉をコピペしてるだけじゃ回路は作られない。自分なりに改変したっていい。見て読んで聞いて、自分がどう感じたかを自分で言葉にする。脳に道を作るイメージだ。
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YouTubeでダウンロードした思考に取り入れたい動画を聞きながら散歩しては、濁流のように流れてくる思考の中で自分の芯に据えたい生じた考えを深掘りして言語化する。言語化トレーニングも兼ねて、その集積が何か身になれば良いのにと思って散歩する。
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父や母にとって俺は特大の幸福だったんだろうか。特大の不幸だったんだろうか。それとも。
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散歩をしていて見た光景。兄弟であろう子供たちが追いかけっこをしていてくすぐり合って、砂だらけになるのも気にせず転げ回っていた。それを遠目で見ていた親であろうにこやかな存在。あれは特大の幸福のうちのひとつなんだろうなと思った。
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子供を産むってのは特大の幸福もしくは特大の不幸をもたらすと思ってる。産んでみなければ分からない、生きてみなければ分からないなんてどんなギャンブルだろうか。
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俺は良いやつになりたいのだ。自己中ではなく、利他の精神を持ちながらも、なにより俺自身にとっての良いやつに。
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余裕がないと態度や言葉にトゲを含ませてしまうならば、どんな状況だって余裕のある自分でいようと心がける以外ない。そんなの無理だ、追い込まれればどんな人間だって、と言ってる間に磨けるものの一つはあるだろうさ。
それすら諦めるならもうヤマアラシのままいればいい。まぁなれるのはヤマアラシなんて可愛いもんじゃなくて、トゲまみれの仏頂面の嫌なやつだけどな。誰からも好かれず尊敬もされず己の見える範囲では生きていきやすいのかも知れないただただの嫌なやつに、だ。
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自分の足で立って歩き、自前の歯で物を噛み、頑固にならず、しっかりとした意識を保って100歳まで余裕で生きると目標を決めたガチ人生。
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ただの長生きは美徳としていない。この生命を維持する過程で社会と関わり、恩恵を受け、この命から発される他への還元を正常に循環させることを目標とする。
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寒ければ寒いほど感覚が研ぎ澄まされる気がしている。夏は沸騰しそうな目と脳を引きずって体を冷やすので精一杯だ。考えこともあまり捗らない。やっぱり冬が好きだ。
大昔の人類の祖先はもっと感覚が研ぎ澄まされてたんだろうな。その命の神秘、人間という種族の本気の一部を俺たちはまだ持っているはずなんだろうさ。
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コミュニケーションを目的とした文体はその人の心象風景そのものを表しているように思う。理論上有限の文字数とそれらの有限な組み合わせであるはずの文字列から無限の創意と無数の心を感じ取る。人類史史上かつてないほど情報と感情が流れ出ているであろう時代にかつてないほど固有の心が飛び交っている、とSNSを見ては思っている俺の心。
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言葉の表記揺れや誤読、誤解釈は関係性の中での共通認識にさえなればもはやそれが言葉の意味として再定義される。どんな言葉にも本来の意味なんてないに等しい。本来の意味にだけこだわるならなぜ現代では古語を話さないのかという自己矛盾に思いを馳せなければいけない。言葉は変化する。100年後には"意味"の意味すら変わるかも知れないというのに。
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承認欲求はふんだんにあるが、自分を偽ってまで得る承認に意味はないし、取ってつけたような浅瀬での慰めは一時的には満たされてもすぐに渇くばかりだ。
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ある言葉をインストールすれば、今まで見えてなかったものが見え、感じたことさえなかったものを感じることができる。認知とも言えるか。言葉によって深めた自己理解をもってさらに世界を解釈する。深めた世界への理解を自己理解にも落とし込む。その過程で他者も理解できたらな。
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科学などの分野で「巨人の肩の上に立つ」という慣用句があるが、ある分野だけじゃなく全てのことに当てはまるなと。自分の思考は全て自分が無から生成したわけではなく、有名無名関係ない先人達の言葉が自分の脳に届いていて、累積された思考から発生した思考なんだよな。
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全てが思いつきだけど全てが腹落ちする。自分を納得させるこの思いつきを忘れないよう熱が冷めないうちに言葉にしておく。
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ウィットに富んだ機転の効く返しなんていらない。あればいいのかも知れないけれども、なきゃいけないわけじゃない。コミュ障なんてない。そんな概念インストールしてしまったからそんな思い込みが生まれるんだな。
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なにも面白い話をすることだけがコミュニケーションじゃない。爆笑エピソードトークやユーモアに溢れた話が出来なければコミュ障になる訳ではない。むしろつまらなくていいんだよ。
相手の話を遮らずに聞き、相槌も時折混ぜ、認識に齟齬がないか確認しつつ受け取って、それに対する自分の意見や考え、感情を適切に返答する。誤解や誤認識があってもその中で擦り合わせる。そのラリーがスムーズで齟齬がなければないほど円滑なコミュニケーションとなる。
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人生も他人も社会も世の中も生きていくことそのものを舐めていないことが伝わる相手には年齢問わず共感し合える部分があって話も弾む。はたから見ればノリも勢いもユーモアもないつまらない話だろうと思う。だけど真剣に生きてる人の話はおもろい。これは興味深いという意味になるか。同じ年齢層でそういう話を出来た試しはないが。歳取ってるからってそんな話がみんなと出来るわけでもないが。
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全ての人間に共感してはいられない。共感する対象は限定される。身近な人、親しい人、好意を持っている人、似た属性を持っている人など。それ以外には共感しきれない。共感力も無限ではないため。共感できない相手には非情になってしまうものか。
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他のことが何も手につかないくらいもう十分に自分を責めてる人に対してさらに外から責め立てる言葉を死体撃ちのように浴びせかけることは憂さ晴らし以上にはなり得ない。
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自分が不快に感じた、というセンサーだけは一丁前に敏感な人間がいるか。これも人の振り見てか。全てが我が振り直せか。
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感情的になること自体は悪いことだとは思わないが、他人の気分を害してまで個人的な感情をぶちまけることは悪だろう。適切な言葉で感情や考えを伝えつつ、他人と程よくコミュニケーションする方法が取れないという意味での頭の悪さを露呈するだけ。
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あまりにも他人の視点が欠けている。まぁたぶん頭が悪いとかそういう話じゃないんだろな。思いやりとか気遣いとか、もはやそういう類の話になってしまうか。現にそんな説明してくる奴も自分より偉い頭を下げざるを得ない人間にはそんな説明してるとこはまぁ見ないしな。舐められてるんだわな。
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社会人やってると相手の視点に立ってモノを喋るということを知らない人間の多さに心底びっくりする。向かい合っているのに左側と言ってくる人間がいて、それは相手にとっての左を指しているのだ。それはこちらにとっては右なのだが。というようなことが度々起こる。
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自分に誰かを裁く権利なんてないと思っているためあまり他罰的なことも自罰的なことも言いたくない。それでも何かを否定したくなった時、そこに自分の信念やこだわり、あるいは劣等感があるのかもしれないと自分を知る材料とする。
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自分が正しいなんて思ってない。むしろずっと何かを間違っているとさえ思っている。だけどもうおどおどもしない。間違ってるかもなんてびくびくもしない。誰も正解だけを量産する完璧人間じゃないと知ったから。間違っててもいいって思えるから。
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理解されると思ってはいけない。誰かを理解しきれると思い上がってもいけない。表面上の礼儀を軽んじてはならない。その裏に込められた意図を汲みつつも真意を見失ってはいけない。見える世界を疑ってはいけない。盲目に信じてもいけない。疑いながらも信じられるだけの根拠を見出すこと。自分から漏れ出た余剰のエネルギーのみを他人とコミュニケーションを取る通貨とすること。時にそれら全てを忘れて堕落する自分を許すこと。
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自分だけに適用されるルールが必要だ。脳内より外を適用外とする規則。自分だけを縛り、自分だけを罰する法律。自分だけに恩恵を与える規律。
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みんな幸せに生きたいだろう。悩みたくなんてないだろうに。たぶんみんなそれぞれ幸せになりたいという選択の途中で摩擦が起きてしまうんだ。その社会に生まれた摩擦の塊をモロに喰らってしまえば人間一人なんてひとたまりもない。みんながみんな悪気があるわけじゃないんだろうな。中には悪気しかない奴もいるだろうけどな。
死んでしまったら取り返しがつかないように生まれてしまったことも取り返しがつかない。その取り返しのつかなさを呪ってしまうかい。
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たぶんとことん落ち込むことも必要。落ち込み切った底の底でそれでもまた前向きな気持ちを持てたことがこの人生を引き受ける胆力の源泉になっている感覚。その時に今まで一人で生きてきた訳じゃない、これからもそうだと知ることができたら自分より外側の世界のありがたみを感じられる。自分の現在地に信念の根を下ろして、それでもたまに訪れる外側へのマイナスな感情に流されすぎないよう日々適当に生きる。
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100歳になっても脂っこい肉が食える体でいようという意識。もたれる胃など知らないという気概。食ったもん全部消化してやるという姿勢。内臓という筋肉が衰えないよう日々正常に稼働させる。不摂生とは程遠く、かといって質素でも倹約でもない。五体満足に内臓から筋肉、つむじからつま先に至るまでありとあらゆる部位が大切な自分の一部だと心得る。
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手の指の第二関節から生えてくる毛の意味すら分からない。分からなくても生きていける。全てに意味がないといけない訳じゃない。意味求め病は苦しくなる。全部自分でこれが自分。意味はなくても存在してる。意味がなくても生きていく。
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大食いのため自炊した方が圧倒的に安上がりになる。外食で満足行くまで食べようとすると3000円はいく。自炊なら何食分だ、という思考になるため調理の手間や時間、材料の買い出しなどを考慮したとて自炊を選びがち。大量に作って何食かに割れば1食あたり500円もかからない。手間やガス代、水道代を雑に考慮したって外食よりはるかに安い。貧乏舌かつ毎日ほぼ同じものでも食べられる性質の強みだ。
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毎日寝て起きてはご飯を食べて出すもの出しては寝て起きて。体の中で何かが消費されては何かを補充してる。クタクタになって疲れても寝て回復すればまた昨日と同じように活動もできる。何かが循環してるんだろうな。その循環の過程で生産しては消費して。エネルギーや金のやり取りが社会を巡っている。その循環こそが意味なのかい。
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仕事終わりや疲れてる時にスーパーやコンビニに寄らないこと。それだけで余分な買い物を極限に減らせる。ハッキリした意識を持って必要なものだけお会計すると明日の俺が今日の俺に感謝してくれる。
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他人に時間や行動を縛られたり感情を正にも負にも乱されることが怖いんだろうな。そういう意味で俺は究極的に独りよがりなんだろう。他人と関わることでしか生きていけないくせに。ビビりで傲慢なくせに。
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人に興味がないわけでない。ただ他人という不確定で未知で理解不能な存在に自分を乱されるのが嫌なのかもしれない。コントロール不能なものに接する怖さ。自分で自分を完全にコントロールできるというわけでもないというのに。自分の手の届く範囲はコントロール下に置きたいという傲慢さがあるんだろう。
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映画館で映画観賞することの良い点は、どれだけ退屈でも2時間そこら目を開いてさえいれば受動的に物語を摂取できること。閉鎖空間での非日常感を楽しめること。面白ければ家で見る何倍も感動が増幅されること。
悪い点はスクリーンガチャ、隣人ガチャがあること。隣人や同時観賞者の挙動次第で没入体験が映画代とともに台無しにされること。数時間同じ座席でほぼ同じ体勢のなか大きく伸びをできないこと。
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不謹慎ではあるが、死に近いもしくは死ぬ可能性を感じた時にほど生を強く知覚する。
強い地震が来て揺れを感じた際は体が危険を察知して心拍数が高まる。意識と無意識がフル稼働して生きるための選択をさせようとしてくる。自分が生き物であることを実感する。その時に生を体感する。
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自分にだけ甘く他人に厳しい人間に厳しくなってしまう。自分に甘えを許すなら他人にも寛容でいろよ、と。ただこの観念すらも俺が俺を縛ってもしまう。ミイラ取りがミイラになるとはこのことか。まずミイラ取りってなんだよ。
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自分が述べる言葉を指して正論と言えてしまう人間をあまり信用していない。自分で自分を誠実だと述べるくらい違和感がある。こと他人を介す場合の自己は、その介する他人からの視点によってのみ自己が定義されると思っているから。
自分で自分自身をどう定義しようが構わないが、自分で自分に感情先行ではない論理と合理だけの正論を突き付けることが出来るのならば他人に対してもそうすればいいと思う。けれどほとんどはそうでもないらしいのでその矛盾に苛立ちを覚える。
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反転アンチの方がただのアンチより対象を叩く熱量が高い。世界に希望を見出そうとして闇堕ちした人間の方が深い憎悪を蓄えていると思う。絶望し切って落ちた底で見えた光はどんなものよりも眩しくて強い光だとも思う。
人生に何を望もうか。自分への反転アンチにならないために。
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台所から出る水道水はガブ飲み出来るのに洗面台のから出る水はなんか嫌だ。風呂のシャワーも嫌。トイレはもっと嫌。出どころ同じで成分もそう違いはないだろうに嫌と感じる。心理的な問題だろう。飯と結びついている水か否かなのか。気持ちの大事さを水道水から知る。
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