
えぬでー
社不適日記
これって僕の感想なんですよ
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えぬでー

えぬでー
人生を熱笑していく。真剣に真面目にガチで生きる。より良く生きることを選択する。この熱血は誰にも押し付けない。押し付けられる冷笑は気にも留めない。冷えたいやつらは置いていく。自分の血を熱して人生を全うする。熱笑という言葉はないらしい。

えぬでー

えぬでー
その経験を糧にして今は真っ当に生きられてる、なんてそれらを正当化するつもりは微塵もない。ただただ懺悔している。子供だったから、なんて言い訳にはならない。恨まれてたって仕方ない。謝っても取り返しが付かない。時間は戻ってこない。願わくば俺のことなんて毛ほども思い出さないで欲しい。願うまでもなくそんなこと頭にもないだろうか。こんな願いも独りよがりだろうな。

えぬでー

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えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー
それすら諦めるならもうヤマアラシのままいればいい。まぁなれるのはヤマアラシなんて可愛いもんじゃなくて、トゲまみれの仏頂面の嫌なやつだけどな。誰からも好かれず尊敬もされず己の見える範囲では生きていきやすいのかも知れないただただの嫌なやつに、だ。

えぬでー

えぬでー

えぬでー
大昔の人類の祖先はもっと感覚が研ぎ澄まされてたんだろうな。その命の神秘、人間という種族の本気の一部を俺たちはまだ持っているはずなんだろうさ。

えぬでー

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えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー
相手の話を遮らずに聞き、相槌も時折混ぜ、認識に齟齬がないか確認しつつ受け取って、それに対する自分の意見や考え、感情を適切に返答する。誤解や誤認識があってもその中で擦り合わせる。そのラリーがスムーズで齟齬がなければないほど円滑なコミュニケーションとなる。

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー
死んでしまったら取り返しがつかないように生まれてしまったことも取り返しがつかない。その取り返しのつかなさを呪ってしまうかい。

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー

えぬでー
悪い点はスクリーンガチャ、隣人ガチャがあること。隣人や同時観賞者の挙動次第で没入体験が映画代とともに台無しにされること。数時間同じ座席でほぼ同じ体勢のなか大きく伸びをできないこと。

えぬでー
強い地震が来て揺れを感じた際は体が危険を察知して心拍数が高まる。意識と無意識がフル稼働して生きるための選択をさせようとしてくる。自分が生き物であることを実感する。その時に生を体感する。

えぬでー

えぬでー
自分で自分自身をどう定義しようが構わないが、自分で自分に感情先行ではない論理と合理だけの正論を突き付けることが出来るのならば他人に対してもそうすればいいと思う。けれどほとんどはそうでもないらしいのでその矛盾に苛立ちを覚える。

えぬでー
人生に何を望もうか。自分への反転アンチにならないために。

えぬでー
