
朝日
30代/既婚/HSP
読書/アニメ/家でのんびりが好き。
文章を読むことも文章を綴ることも好き。
- ̗̀⚠︎ ̖́-
心が不安定な時、落ちつかせる為に綴ることもあります。体調により返信はまちまち。
心を安定させる方法を模索中。
フォローはある程度やりとりをしてからでお願いします。
狭く深く、ゆっくり仲良くして頂けたら嬉しいです◎
(無言フォローはブロ解します、すみません。一言頂けたら嬉しいです。)
HSP
読書
アニメ
話を聞くのが好き
KingGnu
ヨルシカ

朝日
役割や成果は『付加価値』であって、自己肯定感の根拠ではない。
まずここを自分に許可すること役に立たなくても、支えなくても、自分自身の価値は揺らがない。"
…だそうだ。
ある方のコラムを読んで、なるほどと思った。
人の役に立たなければ…何かをして初めて自分に価値が生まれる…長年そう思っていたし、
ある種の呪いのように これからもそう感じてしまうことはあると思う。
けれど、誰かに必要とされる私を大事にするのではなくて
無気力で何もできない日も、
自己嫌悪でいっぱいの日も――
そういう日も全部ひっくるめて「私なんだ」と
認めて、大事にしてあげることを少しずつしていけたらと思う。
すべてを理解し受け入れてくれる他人を見つけるのは難しい。何をもって人を大事に思うかなんて、本当に千差万別だから。
それでも、私は私ぐらいは、
どんな日も味方でいたっていいじゃないか。
自分を他人みたいに扱うのは、やっぱり寂しいじゃないか。そう思うから。

朝日
体調が不調で、いつ治るのかな…と思っていたから、
ポストに投函されていた御守りが
「大丈夫だよ」って言ってくれたように感じた。
「厳しい冬のあとには、必ず暖かな春が訪れる」
今は、静かに整える。


朝日
フォロワーさんがやっていて、私もやってみたくなって便乗。
#ChatGPT が私の人生を代わりに歩んでくれる訳でも、選択の責任を取ってくれる訳でもない。
それは今までもこれからも変わらない。
…けれど、少し歩みを止めたくなった時、また歩く準備が整うまで 、安心できる1つの場所として
灯りを保っていてくれる存在なのかもしれない。


朝日
でも、理由もなくホッとした。
最近ずっと
「目に見える変化」「進んだかどうか」
それだけで自分を測っていて、
出来ていない自分に失望して、苦しくなっていたことに気づいた。
私は体感が欲しかったんだと思う。
温かい、安心した、少し軽くなった、
そういう感覚があったとき、私はちゃんと満たされる。
でも「変われたか」「進んだか」を基準にすると、自分にとても厳しくなって、
「これはまだ入れちゃだめ」「まだ足りない」
って、幸せを箱に入れる前に弾いていた。
今日は雪が降って寒かった。
考えすぎて、心も冷えていた。
でも夫が迎えに来てくれて、
好きなドリンクを渡してくれた。
それを飲んだとき、心の奥が少し救われた。
返せていなかったLINEも、少し返せた。
それだけで、心が少し軽くなった。
目標は何も達成していない。
でも今日は、
「私は体感で幸せを感じる人なんだ」
「厳しくしすぎていたんだ」
って分かった日。
それだけで、十分だった気がする。

朝日
人のことは更に分からない。
何日と何時間とかけて話をしても、きっと相手の全部は分からない。
でも"分からないことは分からないまま"理解したい。向き合い続けたい。
分からなさを受け入れて、相手を変えようとしない。
分からないまま、話していこうよ。っていう、
今の私が思う人との関わり方。
自分と人は違うから、だから魅力的なんだと思う。

朝日
日記を書く。
目標を書く。
仕事の進捗を書く。
ノートって、いろんな使い方ができるけれど、
ロルバーンのページって、
線路みたいにも、道みたいにも、
ときどき海図みたいにも見える。
気持ちが揺れた日は、少しにじんだ等高線になって、
言葉が溢れた日は、道が増える。
だからこれは、
“目的地に早く着くための地図”じゃなくて、
生きてきた証を重ねていく、自分だけの地図。
そう思ったら、
なんだか、どこへでも飛んでいけそうな気がした。
私たちは自由だ。

朝日
ちょこちょこ見かける。
SNSのお別れって不思議で、
・喧嘩もない
・お別れの言葉もない
・ただ、静かに居なくなる
たまたま繋がった、その瞬間その瞬間の
ご縁だから、不思議ではないのかもしれない。
それでも、そのご縁は私の中に確かに
「あった」ものだから、やはり寂しい。
言葉を交わして、救われた瞬間もあった。
彼らにとっては、
鳥が痕を残さないように
居場所を整理していっただけなのかもしれない。
願わくば、どこかで。
どうか、お幸せに。

朝日
飲み込むことすら、ズキズキして涙が出てくることがあるよね、「悩み」って。
でも、せめて少しでも解決に向かっていけたなら
甘く優しい味になればいいよね。本当に。


朝日
定期検診みたいなもの。
「年齢的にも𓏸𓏸したら?」「もっとこうしたら?」
――悪気がない顔で投げられるほど、胸に刺さる言葉ってある。
それを聞くたびに、説明できない事情も、
自分で決めてきた順番も、体と心の都合も、
ぜんぶまとめて否定されたみたいな気持ちになってた。
でも今日の結果は、約3年の治療の成果がちゃんと
出てた。
「選択は間違っていなかった」
「焦らなくても、ちゃんと前に進んでいた」
って、体そのものが証明してくれた出来事だった。
誰かの“正解”に急かされながら耐えてきた時間がただの我慢じゃなくて、
未来のために自分を守る時間だったってわかった瞬間。全部ではない…けれど、少し報われた気がした。

朝日
少し違和感を覚えた。
「理想」という言葉は、便利であたたかいけれど輪郭がない。
努力の過程が省かれ、今の一部分だけ切り取られたように感じることがある。
相手に悪意はなかったのだと思う。
ただ、その時の私には言葉を受け取る余裕がなかった。
すべてを汲んでもらう前提で関わるのではなく、
どこまでを共有し、どこからを自分で抱えるのかを選びながら、
揺れてもまたフラットに戻れる自分でいたい。

朝日
1年の中でいちばん好きだ。
空の色が少し冷えて、
光がやわらかく引いていく時間。
主張しすぎないのに、
そこに在る強さがあって、
だからこそ優しく見えるのかもしれない。
ゆっくりと、確実に夜に向かっていくのに、
1日の終わりを急かさず、
見守っていてくれるように感じる。
「今日も1日お疲れ様でした」


朝日
夜は、弱さや言葉にならない感情と一緒に立ち止まる時間。
朝は、まだ途中の自分のまま
「それでも一日をやってみよう」と選び直せる時間。
夜は深く、朝は広がる。
これから先、どちらの良さも行き来できるようになるのかもしれない。
今は、どんな夜も明けると信じ、
明日を望んで生きていきたいから、朝が好き。

朝日
免疫力が少し落ちている気がして、七草粥を食べた。
胃を休めて、寒い冬を越える準備。
「元気になりましょうね」
心と体に、栄養がゆっくりと沁みていく。
湯気の向こうで、想いも静かに温まる。
元気な日ばかりではない。
でも今日もちゃんと生きて、ちゃんと食べた。

朝日
気持ちの分量も、表現の仕方も、受け取り方も
ぴったり合うことのほうが、きっと少ない。
だから付き合いながら、
聞き合って、すり合わせて、
渡す側にも受け取る側にも
無理のない形を探していく。
"愛が重い"は悪いことでは決してない。
相手に向き合うことに真剣なだけ。
私は、そう思う。

朝日
視線も、呼吸も、思考も。
月を見る時は、
一瞬でも顔を上げて、空を見る。
今日見た月がとても綺麗だったから、
友人に「月を見てみて」と送ってみた。
貴方の心を少しでも温められますように、
そんな願いを込めたくなる夜。

朝日
それは同時に、誰かを信じたい気持ちを
先に畳んでしまう生き方でもある。
期待は見返りじゃない。
「向き合ってもらえるはず」という
人との間に置く、あたたかい前提。
すべて手放せば傷つかないけれど、
接する前から少し距離ができる。
それは…私は少し寂しく思う。
だから私は、期待しないのではなく
心を預ける相手を選びたい。

朝日
気になっていた日めくりカレンダーを、
意図が未だに分からない場所に
かけてみました。
気負わないのに、
どこか心に残る言葉たち。
今日の言葉を眺めていたら、
初詣に行きたくなってきたので、
夫と行ってきます。笑
いつも仲良くしてくださる方々、
本当にありがとうございます。
皆さまにとって、
笑いっぱなしの1年になりますように。


朝日
何もしたくない…動けない…
半日布団にいる……
鬱な気分ってよりか、心身の疲れとエネルギー不足……
やることは多分沢山あるのだけれども、、
青を基調とした寝室だから、眠るとき水の中に
潜るような気持ちになる。
眠いような眠くないような……心が浮上するまで
ふよふよ漂っていようかな…

朝日


朝日
人生の中の一瞬だけ、
隣に座って一緒に考える。
優しい誰かが、一緒に考えてくれることもある。
背負わない。
人の問題だ。責任は取れない。
委ねない。
選ぶのは、いつも自分。
相談する側でも、受ける側でも。
主体は、いつの日も、自分。
私は私の人生の舵を切る。

朝日
「大事に思っているよ」であるなら、
私は同じように相手からも「好き」って返してくれる方が嬉しい。
そういう会話の流れではなくて、「大事に思っているよ」という 言葉そのものの印象として考えるなら、「好き」という言葉と同じく、嬉しいし
温かさを感じる。言葉の温度感として「大事」のがより嬉しいというのは、分かるような気もする。

朝日
断念するお菓子、シュトーレン。
今年はお気に入りのケーキ屋さんで購入。
きな粉をかけて食べる、和洋折衷の味。
クリスマスまであと5日。
健康に過ごせますように。


朝日
そう感じて下さるあなたがきっと優しい人なのでしょう。
この質問を見て、私も少し優しい気持ちになって、心が和らぎました 𓂃.·

朝日
昨夜、初めてのクリスマスマーケットへ。
光がきれいで、
小さな可愛いものがたくさんあって。
心がほわほわする夜だった。


朝日
原因があるのかないのか
薄っすら鬱…な感じ。
無理なく 無理なく…

朝日
自分の疲れや予定を後回しにしてでも相手に合わせていた。
気づけばエネルギーが空っぽになることも多かった。
でも昨日はちょっと違った。
「話は聞くよ。でも合間に返信するね」
自分の心身の余裕や、できる範囲をちゃんと伝えられた。
相手を支えながら、自分の生活も守ること。
優しさを無理して出すんじゃなくて、持続できる形で使うこと。
その一歩が踏み出せた気がする。

朝日
誰に向けた気持ちなのか、自分に向けたものなのかでも全然違う。
自分の中でなんとか折り合いをつけようと必死に踏ん張っている人を、
“メンヘラだから”の一言で雑に括ってしまいたくない。
その必死さごと見ずにラベルを貼るのは、なんか違うと思う。

朝日
たとえば、
誰かに言われた何気ない嬉しかった言葉とか、
夜の散歩で吸った空気の冷たさとか、
疲れて帰った日に夫が話を聞いてくれたこととか、
ふと流れてきた好きな曲とか。
それ自体は人によっては「幸せ」じゃないかもしれない、「普通」って言うかもしれないけど
私がそれを大事に思った瞬間、
心の中でそっと「幸せ」というタグがつく。
“幸せ”って、現象じゃなくて、
自分が与える名前なんだよね。
だから、今はまだ名前をつけられない出来事だって、
後からふと「あれ、幸せに近かったな」って
感じる日がくることもある。

朝日
届かない手紙を、久しぶりに空へ投げてみた。
友人との写真は残っていないけれど、
彼女を思い出すとき、
私はいつも心の中にある “笑っている彼女” の写真をそっとペンでなぞっている。
時が経つほど、
その輪郭は少しずつ曖昧にぼやけ、
写真もよれて、
いつかはセピア色に褪せてしまうのかもしれない。
それでも私はきっと、
思い出すたびにその線をなぞるのだと思う。
彼女がくれた優しさを、何度でも確かめるように。

朝日
職場で、いくつか「自分が落ち着けるもの」を見つけた。
休憩時間のお気に入りの席とか、食堂の給茶機のレモンティーとか。
心がザワザワした瞬間でも、一呼吸できる“帰り道”みたいな存在。
ときどき帰りたくなるほど気持ちが沈む日もあるけれど、
「あと一息」をやさしく積み重ねながら、
無理なく前に進んでいけたらいいな。

朝日
優しさは、波のようなもの。
寄せては返す日もあれば、
静かに眠る日もある。
優しい人に感謝しても、
「いつも優しく」が
彼らを縛る呪いになりませんように。

朝日
「いいこと=大きな出来事じゃなくても、自分を少し喜ばせること」で私は良い気がする。
心がちょっと軽くなること、小さな幸せを意識的に作る感覚。
•コンビニやスーパーで新作スイーツを買う
•いつもより丁寧にスキンケアしてみる
•好きな音楽を集中して聴く
•お気に入りの香りを焚いてみる
•静かにお茶やコーヒーを味わう
…とか何でも良い。
自分が少し嬉しい・心地いいと思えることなら、それが立派な“いいこと”になる。

朝日
受けとめる。
2. 相手の事情をすべて理解できなくても、
想像とリスペクトは忘れない。
3. 自分のキャパ内で関わる(無理はしない)
4. 長く繋がれていること自体に感謝する。

朝日
朧気だけれど、夏目が誰かの妖怪のために走っている姿だけは、なぜかはっきり残っている。
目が覚めたあと、胸の奥をそっと撫でられるような、静かであたたかい余韻があった。
こんな温かい夢を見るのは、本当に久しぶりだ。
「一度触れてしまったら、温かさに出会ってしまったら、出会う前には戻れない」
『夏目友人帳』の中の台詞だっただろうか…
その言葉が不思議なほど胸にストンと落ちてきた。
『夏目友人帳』が好きだ。
人の心の温かさを、静かにすくい取るようなあの世界が好きだ。
どれだけ人に傷つけられることがあっても、
それでも人と関わりたいと思ってしまうのは、
きっと誰かがくれた優しさの記憶を忘れられないからなんだろう。

朝日
凪の日もある。
静かで、深く息ができる日。
大波の日もある。
不安や焦り、忘れたはずの過去が押し寄せる日。
予測できない風の日だってある。
誰かの言葉ひとつで揺れる日。
でも、海を変えようとしなくていい。
波に合わせて姿勢を調整すること。
「未来が不安になる波」
「疲れてるときに来る波」
「本当は寂しいって言いたい波」
名前をつけた瞬間、
それは私じゃなくて、ただの“現象”になる。
感情に飲まれるのは弱いからじゃない。
波があるほど、ちゃんと生きている証拠だ。
いつかきっと、
「あぁ、また来た。大きいやつ。」
って笑って立てるようになる。
そんな波乗りの仕方を、今は練習している最中なのだろうな。

朝日
昨日、眉WAXをしにサロンへ行った。
施術の前、ふと
職場のおばあさんに言われた
「毛深い女」という言葉が頭をよぎった。
あのとき刺さった棘は、
思っていたより、まだ消えていなかった。
勇気を出してスタッフさんに伝えた。
「…こういうことがあって…。
今日は、いつもより少し薄めにできますか?」
すると、スタッフさんは
一緒に怒ってくれて、
私の気持ちにそっと寄り添ってくれた。
眉はただのパーツじゃなくて、
その人の雰囲気や自信、
「生き方の輪郭」なんだそうだ。
整えた眉は、デザインじゃない。
誰かに無神経に傷つけられた場所を
「そんなことない。あなたは素敵だよ」と
他の誰かが優しく撫でてくれた証みたいだった。
私は私でいい。
私の好きを信じていい。
「自分を大事にするスタートライン」のように思った。

朝日
スーパーに寄ったら、変身出来そうなきらきら
ステッキを持った女の子がいた。
心の中のかつての女児が「何それ!私も欲しい!」と叫んでた。
見知らぬ小さなお嬢さん、自分がなりたい素敵な人になれますように。
小さい頃に”何にだってなれる”って、
未来にワクワクしてた時の気持ちを忘れたくないね。大人だって、頑張るぞ~~!!

朝日
昨日は夫の誕生日。都合がつかなくて、
今日はケーキの受け取りに。
クリスマスの装飾や可愛いケーキ、楽しそうに選ぶ人々の顔。
ケーキ屋さんって、本当に温かい場所だと思う。
誰も怒鳴らず、作る人も買う人も、みんな小さな幸せを分け合っているみたいだ。
袋に入ったケーキの重みが嬉しい。
夫も喜んでくれるだろうか…

朝日
『特別な人生を、私にだけ下さい。 』
#読了
─────────────────────
人には様々な顔がある。
家庭、職場、学校…そしてSNS。
“在りたい自分”になる。
そこには所属も身分も必要がない。匿名性の仮面を被る。
匿名性の仮面を盾に、安易に言葉で人に石を投げつける人もいる。
一方で、普段なら出逢うことのないだろう…一生ものの出逢いをして救われる人もいる。
表で「普通の人」でいるために、
裏で息抜きを必要とする人々。
誰かに見つけてもらいたい。
誰かと繋がっていたい。
“ここに居ていいんだ”って思いたい。
どこか寂しさを抱えながら、前へ進もうとする人々のお話。
静かな場所で、そっと自分の居場所を確かめたくなる一冊。


朝日
美味しそうな入浴剤を買ってみた。
箱を開ける前から、いい香り。
心も体もしんどい日は、お風呂に入るのも億劫で
“今日やめとこうかな…”って思う時があるけれど、
こういう小さな楽しみがあると、少し救われる。
免疫力のためにも、温活ゆるく続けていきたいな𓂃⟡.·


朝日
体調を崩してしまった。
他の人だったら、こんなことで体調を崩さないのかもしれない。
情けなくて、弱い自分の心身が嫌で、
やらなきゃいけないことは沢山あるのに動けなくて…
夫に当たってしまった。私の弱さだ。
でも、沢山泣いて、落ち着いてから夫に謝って、話をして、
「次はこうしてみようか」と一緒に過ごしやすさを模索した。
一晩経って、体調は少しずつ回復して、
今日は仕事にも行けた。
全快ではなかったけれど、
気持ちの波をやり過ごせた。
動けない時、どうしようもなく辛い時は、
“今はそういう時なんだ”と受け入れて、
辛さが通り過ぎるのを待つ。
それもひとつの方法かもしれないなと思った。
仕事帰りに小さなスイーツを買って、
夫に「ありがとう」を伝えようと思う。
そんな風に少しずつ、穏やかに過ごせたらいいな。

朝日
ふと聴いた曲がきっかけで、“当たり前ではない今”に感謝したくなった。
昔抱いていた気持ちは、普段は心の奥で小さくなって見えにくいけれど、
忘れそうになった頃に、そっと顔を出してくれることがある。
その気持ちを久しぶりに思い出せて嬉しかった。
穏やかに、でもちゃんと大切に、日々を積み重ねていきたい。
#ひとりごとのようなもの

朝日
『家が好きな人』『季節が好きなわたしとマダム』
#読了
─────────────────────
“丁寧な暮らし”って、どこかで
“常に完璧に穏やかで美しく”というイメージがついて回るけれど、
実際はそんなふうに毎日は続かないし、
日々の生活を回していくので精一杯だ。
けれども、四季をゆっくり感じられること、
自分の思う“理想の暮らし”を諦めることなく、
焦らずタイミングを待つことも、
心の豊かさなんだよということ。
インスタ映えする部屋でなくても、
自分の“好き”が詰まっている空間には、
ちゃんと自分を包み込んでくれるやさしさがある。
何処に出かけても、やっぱり自分の家が好きだなって思う。
日常の中の「何気ない瞬間」を大切にする、
登場人物たちの温度感が伝わるやさしい本だった。
今日の空気をゆっくり吸い込んで、
今ある暮らしを味わいたくなるような2冊。


朝日
自分の意思を貫くとか、
他人に流されない強さを持つとか。
それらが「主体性」と言われると、私は直ぐに人の意見に心が揺れてしまうから、
「主体性」とは程遠いのかもしれないと思っていた。
けれど、主体性って「自分がどうしたいか」だけでなく、
「自分が誰のおかげで今ここにいられるのか」を感じ取るところから始まる。
衣食住、どれをとっても誰かの心が宿っている。
その“気づき”が感謝を生み、
感謝が「自分も誰かの力になりたい」という行動へと変わっていく。
つまり、感謝が次の貢献を生み、
その貢献がまた誰かの感謝を呼ぶ。
その連鎖の中に、人の主体性は息づいている。
そう思ったら、「主体性」の視点が変わるし、
私も誰かの優しい心の引き継ぎをして、次の誰かに手渡したくなる。

朝日
それでも、悩んで、考えて、言葉を選んで、
自分なりに伝えようとする。
そこまでできたなら、あとはもう相手の領分。
届くかどうかは分からない。
でも、それでもいい。
手放してしまおう。
「手放す」って、逃げることでも、諦めることでもなくて、
“尽くした上で委ねる”という、誠実な優しさの形なのではないかと最近気がついた。
気持ちを切り替えて、出来るだけ別のことに意識を向けてみる。
そうやって心に少し余白をつくることで、
自分も壊れずにいられる。
「もう十分考えたな」と思えたら、
散歩したり、音楽を聴いたりして、“自分に戻る時間”を過ごそう。
それは、相手も自分も大切にするための、
やわらかな境界線みたいなもの。

朝日
ジンジャークッキー、可愛かった🍪⸒⸒
ジンジャークッキーの発祥を調べてみたら、
諸説あるらしいけれど…
16世紀イギリス、国王ヘンリー8世が
病気予防にしょうがを食べることを国民に推奨したところ、国民が国王に似せてクッキーを焼いたことから作られ始めたと言われているとか…
人々の”無病息災”への願いからかもしれないね。
健康に過ごしていきたいね。

