昨日午前に上野動物園に行き、パンダのシャオシャオとレイレイへの誕生日秘話と、愛情を込めて育ててきた飼育員からの別れの言葉を読み、啼泣し胸打たれて、ブルピンライブの後、永久にパンダについて調べていた。生息地、飼育の歴史、行動、日本から返還されたパンダの行方など。2年前くらい成都のパンダ基地で花花を見に行ったが、今度はシャオシャオとレイレイを成都へ訪ねる。パンダロイヤリティファンになった。
GPTにリマインダーセットして、毎朝今日の計画と昨日の活動内容を軽く記録し、それは長期目標に沿ってるか、沿ってないならなぜかを論じてもらいます。計画通りできてなくても正直に述べ、真正面から議論します。毎日のこの記録をファイルに起こし、中長期的にも評価できるようにする。睡眠、運動、食事のデータ、自分のキャッシュフローも普段とってるやつをAIに繋ぐ。LLM様が導き出した天啓に従いデータ駆動で動く
前趙の劉胤、靳準の乱から帰還して皇太位を固辞したエピソードとかからは有能みを醸し出してるのに、父帝敗北後慌てふためき速攻敗死して悲しいそれにしても十六国の匈奴系の人たちは漢人に比べて血生臭い残忍なエピソードが多すぎる
私たちの祖父母が生まれた40年代、50年代の当時の名前の流行と、父母の生まれた70〜80年代と、私たちが生まれた時の名前の流行と、今の令和キッズが生まれた時の名前の流行は違って、当然名前にテイストに差があるこれ実際古代はどうだったかというと、実は葛城氏や大伴氏など、古代の氏族のとかの系譜を見ていると、割と彼らの時世でも数十年単位で名前のトレンドがあることが分かって面白い
宗教って知的財産権持ってないから、スクランブル交差点で喧伝してる謎の韓国系宗教に、イエスの名前使われるとかの事態発生するな。一方で、一定規模のエンタメのIPも、RNA的な増殖を最大化するのであれば、原作者が生前でも老いさばらえたら、知的財産権を解放したほうがいい。神話や宗教のように。とは思わないか
ラブタイプ、あんだけPMFしてみんな使ってた非科学性格診断なのに、経営内部のゴタゴタで消されてさらなるパチモンが出来たのか。権利的に仕方ないかもだが消すのは悪手だし64とかだとマス目線だと流石に流行らなそう
ついにMBTIアンチ(というよりMBTIおよびさらにそのパチモンの16personalitiesが学術的根拠がないのに科学として捉えられがちなことに警鐘鳴らす派)の私としては、ついにまともな人たちがMBTIに疑問符を投げかける声が大きくなってきたことに歓喜会話のネタならともかく、レッテル貼りに使うのは異常。インターネッツの性格診断以上の信憑性はない
これからの時代、土木とか建設とかブルーカラー系の会社を、ビジネス観点からグローバルにスケールさせるとかめちゃ楽しそう。めちゃくちゃかっこいい。祖父が高度経済成長期にそういう会社を創業してたんだけど、俺の人生としてもアリな気がしてきた
Vitalikのブログ読んでると、起業家というよりは哲学者だな。テクノリバタリアン 現代の哲学者はアカデミックの系譜を引きながらも、アカデミーに篭らずやはり実業をしてる。かつて歴史上の哲学者がそうであったように想家になりたいなら、家に篭らず実業やり、現実の摩擦から思想の源泉を得れ!
韓国旅行で最も楽しいのは、홍대から부천まで夜中に自転車でサイクリングし、知らない謎の韓国バラードを聴きながら、見たこともない韓ドラの人物に思いを馳せ、存在しない悲恋の思い出 in ソウルに浸ることであるという事実は、余りにも知られていない。
エリート主義に散見される女性蔑視的な関わりについて解像度を高めたい方は、ダンディスムの系譜を紐解くと良さげブランメルや、遡ればオックスフォードなどイギリス貴族社会には発芽が見られる。男子寮、エリート主義と女性蔑視が、悪魔合体したのがダンディスム。女性との関わりや恋愛をホモソーシャルな観点でしか見れない。
나는 영웅전설을 사랑하는 것과는 전혀 별개의 요소로, 덧없음에 깔려 있는 박애가 아름답다고 생각해. 덧없는 존재들에 가슴이 울려. 고양이랑 부엉이는 정말 귀엽고, 인간의 5분의 1 정도밖에 살지 못하는 아주 덧없는 생명체라고 생각해우리가 서로 사랑한다 해도, 너 없이 75년을 더 살아야 해. 덧없음의 미학살아 있는 모든 존재들은 아름답고, 나는 이 세상에 태어날 수 있었던 것만으로도 행복하다고 생각해그리고 박애와 전 인류에 대한 흉폭함과 공격성은 공존할 수 있다고 생각해타츠키에게 사랑과 폭발은, 아무것도 남기지 않는다는 의미에서 비슷한 것이라고… 그런 식으로는 거의 생각해 본 적이 없어폭발이 일어나서 다시는 만날 수 없게 되더라도, 그 폭발이 도려낸 자국이 그 사람의 마음을 형성해 나가는 것 같아. 어쨌든, 그렇게까지 누군가와 서로를 이해하고 싶다고 느낄 수 있다는 건 정말 행복한 일이야