ベテランのお局さん「周りの人(or職場)に感謝しないとね?」「病気で働ける人ばっかりじゃないからさ」「あ!勘違いしないでね?病気だったら無理しないで休んだ方がいいと思って、本当に心配してるの」そんなこと言ってるヒマがあったら、バレてないと思ってるけど周りにバレてるネットサーフィンやめて、会社の役に立つレポートの1個でも作って共有サーバーにアップしなさいなめるんじゃないわよと心の中で思いながら笑顔で「はいっ!ありがとうございます!心に刻みます✨️」と言い続けたら、これ言ってくる人のほうが仕事辞めた
でもうつ病寛解したのはわたしが努力してきたからだ!とはとてもじゃないけど言えない、まじでぽんこつで心も体もへなちょこすぎるし、ほんとうに人に助けられて生き伸びたからほんとうありがたくて恵まれているとは思ってるけどそれを人に言われるのはまじでちがう
まだ病気の人同士で恵まれてるって言われるのは100歩譲っていいけど、(実際たくさんの人の力がなければうつ病の時期とっくに力尽きてた)まじで病気でもなんでもない人に「なーんかあなた家庭環境いいおうちでお金かけてもらって育ったって感じよねー親に育んでもらったセンスもあって幸せに生きてきたってかんじ」って言われた時はほんとむかついたし、機能不全家族サバイバーでうつ病とたたかってきたのを私は誇っていいんじゃないだろうかと思った
きのう、精神病院に入院できるってことはお金あるんですね的なメッセージが来たこれだよこれ、、、閉鎖病棟から出る時、1回の入院ですぐ治るなんて恵まれてるずるいって言われたの思い出したわさすがに病人を見て恵まれてるはないだろいや気持ちは分かるけど、わかるけどないだろそんな心の許容度ひろくないぞ
学生の時はすんでのところでうつ病にならず、社会人になって2年、ようやく幸せになりはじめてから重度のうつ病になったうつ病になるまでの期間が2年あいてたというか、なんかタイムラグがあったストレスから離れてうつ病になるまでの2年の間、社会人になれて仕事をして一人暮らしをして、家に自分を否定する人がいない環境になって、一気に幸せなことが増えたし、低収入だったけど生活コストを下げて借金返して、浪費家だった私が貯金できるようになったし、なんだかんだものが少ない生活は快適でしあわせだったあのタイムラグはなんだったんだろうでも2年の蓄え、生活環境の変化がなかったらその後のうつ病は乗り越えられなかったから、神様からのギフトだと思ってる
ENFJは生育歴が恵まれてる←やかましわ家の中が戦場だったから常に外に居場所いくつも確保しておく必要があった結果、常に周囲の感情をすばやく読み取る必要性があった結果っていうのがしっくりくる子供の時は自分で作れる外の環境に限度があるからそれでも苦しかったけど、大人になればどんどん自分で居場所をつくれる外の人間関係に希望を見続けた結果のFeみんなじゃなくても同じ人もいるんじゃないかと思ってる
2時間くらいしか眠れないの、うつ治ってから2年ぶりくらいだーー1日くらいの不眠ならなんとかなる体力まで来たと思うけど、それでもとりあえず今日は要休養かな〜からだをあっためること、もふもふに包まれること、深呼吸、大事(∩ˇωˇ)∩スゥ…(⊃ˇωˇ)⊃ハー
実現しました、びっくりするほどたくさん・あったかい家族がほしい・安心して過ごせる場所がほしい・好きな服を着たい・かわいいドレスを着てみたい・色んな人と友達になりたい・当たり前のように居られる場所をみつけたい子供の時にあきらめていたものが、ゆっくりだけど少しずつ叶って行く毎日子供の時はなかなかハードモードでうつ病にもなったけど、ギリギリ生きていられてよかった〜これからもやりたかった事叶えていく、、!
プロジェクターでお風呂の壁にくらげ投影したときの写真💭新社会人の初ボーナスで買った安いプロジェクターをひっぱってきて映して、防水とかじゃないから10分くらい映したら終わりにしちゃうんだけど癒されるーーこれが私の家のおふろなのかほんとうに、、?という気持ちになる
おーやっぱどこで診断してもENFJなんだーでもじぶんで「MBTI診断は主人公型です!」とか言えなくない??やばいやつじゃん客観的に見てなのでいつもこっそり仲間だと思ってるENFP(友達に多い)を探してる
すごく久しぶりのGravity前に投稿した時はうつ病で入院してた精神病院を出た直後だったみたい2年たったおうちの写真うつ病のあとの回復後の虚弱体質とつきあいながら、ゆっくり好きなこと集めている最中だよー
「嫌なことを嫌だと認識して良い。そしてもっと抗議していい」ということを、正面から時間をかけてこどもの私に説得してくれた大人が何人もいて、その何人もの優しさと対話力によってようやく「逃げていい、1人で背負わなくていい、人を頼っていい」と思うようになった逃げていい、という認識がない人に認識させるのは本当に大変なことだよな、と過去の自分を振り返って思う…
「何故言い返さないのか」と聞かれて、ちょっと考えてから、「今日で終わりじゃないからです。ある程度言い返すのはやってみたけどダメでした。明日も明後日もこのコミュニティにいないといけない。こちらももう疲れていて、いまや無視するしかない」と答えたら相手もちょっと考えてから、「セクハラする人があなたのことを1人の人間として尊重することは一生ない。あぁいう男は一生変わらない。可能なら今のコミュニティをできるだけ早く出た方がいい」と言われたその時はこのコミュニティを出るのは現実的には難しいな…と苦しい気持ちになったけど、でも嬉しかった「あなたは辛いこと、侮辱されていることにもっと怒っていい」という事を思って、伝えてくれる第三者がいることを知って、気持ちが救われた結果的に半年後、大学院を中退したけどそのコミュニティから離れられた
アカデミアの世界にいた頃、パワハラセクハラ当たり前の飲み会中に疲れて、一瞬抜け出して外で涼んでたら、見知らぬ男性が2人やってきて(近くの席でこっちの団体が見えてたらしい)なんか超怒ってて「あなたは何故言い返さないんですか?」と話しかけてきた事があるすごく印象に残っている思い出