ネットで拡散して個人情報を出したり、誹謗中傷するのはもちろん駄目だが、その手前にある人を殴ることは許されない行為である。に触れずに拡散の問題に目を向けるのは、あんまりだと思っている。殴られた人からしたらたまったもんじゃないよ。
細田さん原作で行くなら、刹那的(デジモンのように敵から世界を救う的な)な話しにして絵の良さを全面に出した方が面白くなりそう。 社会問題とかに踏み込みこんだものにしたいなら対等な関係で会話のキャッチボールが出来る人を置いてから作ってみて欲しい。単純に脚本家を置いたりしても難しそうな気がする。
「龍とそばかすの姫」も観たので、自分なりの細田守評を言いたいと思います。・オマツリ男爵~サマーウォーズ (原作あり 脚本等は別) サマーウォーズ~未来のミライ (オリジナルかつテーマが家族) サマーウォーズ(デジモンのセルフリメイク)は両方の要素があるので二つに重ねてます。 龍とそばかすの姫、果てしなきスカーレット (オマージュ作品がある、テーマが社会問題)の3つの時期があると思っています。オマージュの仕方には特徴のある人だと思っていて、外見や設定の外側の部分に着目して持って来ているということです。オマージュする作品の精神性や主張を持ってくるということは今のところ無いように見えます。これは手法の違いなので良いも悪いもないです。映像美も外見にこだわる人だからこそのものかもしれません。ただオマージュと聴くと精神性の部分を持ってきたのかな?と思いがちなのでそこですれ違いが起きる可能性は高そうです。ここまで書いて難ですが、「オオカミこどもの雨と雪」をロードショーか何かで見て気持ち悪いなという感想を持ってから以後の作品は観てきませんでした。なので直近2作品を観た上で何に気持ち悪さを感じたのかという話をします。・社会問題への認識の甘さと単純すぎる解決策 龍とそばかすの姫ではネットの誹謗中傷と虐 待が大きなテーマです。特に虐待については怪しい所が大きく、児相の48時間ルールもまるで48時間しないと動かないような扱いである。確かに児相が適切に対応出来なかった事例はあるのだが、ミスリード過ぎるし頑張っている児相が余りにも可哀想だ。虐待に対するこの映画の答えが、DVをする父親の前に主人公が立ち塞がるというものである。映画では父親が怯みこれで一件落着となる。 ここで突っ込まざるを得ないのである。今、この瞬間は良いとして、これからあの2人の子供はどうするの?帰ったら激昂した父親が待っているのである。お兄ちゃんはこれからあの父親と肉弾戦を繰り広げていかなければならないのか?お兄ちゃんが居ない時、恐らく自閉症を抱えた弟を誰が守るのか?お兄ちゃんは自分の自由を捨てて弟を守り続けないといけないのか?仮に施設に入り生活することになっても全てがハッピーになるわけでない。虐待での介入後の家族の形をどうするのか?をやらずして解決とは絶対にならないのだ。そして果てしなきスカーレットでも復讐の所もスカーレットが許すと決めるまでは良いが、その後のドラゴンサンダーがなければどう作品を締めるつもりだったのだろうか?スカーレットの怒り、悲しみは何処へ行きグローディアスの横暴も見逃すのか?と言いたい。社会問題を提起するのは大事であり否定はしないが、問題への認識は怪しく故に解決も安直になってしまう。どうも問題を単純化させ「ほら、これはこうやれば解決するじゃん」と言っているように見えてしまう。このくそ孔明っぷりが私の中で気持ち悪さの一つになってしまっている。 この無神経さ、グロテスクさが消えない内は細田作品を好きになることはない。
もう少しだけスカーレットについて語らせてくれ。頼む 後生じゃ 結局、あの旅はなんだったのか?冒頭、父親である王様が「隣国とは争わない 仲良くすることでこの国を治める」(要約)をというような事を言います。父親に全幅の信頼を置いているスカーレットは父親の事を信じます。最後に民衆の前で同じことを話し満足して終わります。スタートしてスタート地点に戻って来たように感じました。一体あの旅はなんだったんだろうかと。もう一つが、スカーレットと聖のバディに何のシナジーもなかった。互いを補完しているわけでもなく、自分に無かった価値観をもたらす訳でもない、あれは本当に何だったのだろう?父親が2025年に王冠を被せたような人でうっすら多様性やらジェンダーかじってて、そこは少し面白かった。ただスカーレットは思慮が浅くカッとなって動いてる様に見えるし聖は雄弁に語るだけで最後はスカーレットにけつを拭いて貰うだけという、逆に現代のジェンダーを皮肉ってるかと思ったけどね。そこまで突き詰めたら面白かったけどそうじゃなかったね。
果てしなきスカーレット観に行きました。ちょっと酷評されすぎではと思いますが、面白いかと言われると・・まぁ・・と言いたくなる気持ちの方がわかる。ネタバレ有りの感想だが1、単調な話の進みかた スカーレットと聖の2人がずっと同じミスを最後まで繰り返す。スカーレットは敵の言葉を鵜呑みにして騙され、聖は「戦いは駄目だと」勇ましく敵の前に出ては56されかけスカーレットに大きく迷惑をかける。どちらも最後にでっかい龍が出てきて助かる。これを交互にやっていき物語が進む。 スカーレットは王女の時のように甘いままでは復讐なんて出来ない、聖は現代の価値観はここでは役に立たないとわかって貰うための描写なら分かるが、ずっと続くと流石に2人に理解せんか?!という気持ちになる。2、聖の倫理観が恐すぎる。この映画の倫理担当である看護師の聖だが、とにかく目の前に怪我人が居ればとにかくたすけてしまう。映画では素晴らしい事のように描かれているが、盗賊や刺客達を助ければ自分、スカーレット、キャラバン隊のような人達が再び襲われるかもしれない、そもそも物資が少ない国で薬等のリソースを盗賊・刺客にバンバン吐くのはどうか?という考えは一切ない。そして自分の勇み足でスカーレットに迷惑を何回も掛けるが謝る様子は一回もない。映画に出てくるキャラと私の倫理観が違いすぎている感はある。肝心の締めなんだが、お父さんの最後の言葉の意味を「自分を許せってことか!!」と閃いてすっきりして解決します。ここまでで感情移入が全く出来ていなかったので「?」でしたが最後の聖との別れの際、聖から「生きたいと言え!」と言われスカーレットが「生きたい!!」と返すシーンがあります。もうここまで言えば分かりますね。ワンピースです。ルフィとロビンのあのシーンです。あのシーンのオマージュです。ここで私は全てを理解しましたwそうです細田監督と言えば過去にワンピースの映画の監督をやっています。その映画がワンピースの世界観を壊しかねない暗いもので、この作品を契機に尾田先生が映画にも関わるようになったとかなってないとか。ここら辺は専らの噂でしかありません。「自分を許す」とはこのワンピースの映画の失敗を許すということなんですよ皆さん!!つまり何が言いたいかというと、締めのところは取り残されてしまい何も分かりませんでしたということです。 最後に途中に聖の世界で売れているという歌があるのですが、歌詞がとにかく薄っぺらい。米津だのKing GnuだのCreepy Nutsを聴いているあの内容で響くほど2025年の若者は簡単では無いです。そこだけは次回直していただきとおもいますた。言いたい事はまだありますがご清聴ありがとうございました。
どわーーーーー?!なんだよ介護食の平均給料34万円ってしかも内訳見たらボーナス含むって含むんかーーーーい加算フルで取ってる特養を中心に集めてこれかーーーーい?!どわーーーーもうええって、数字のマジック要らんて。こんな狡いことするなって。