個室で騒いでたからチャックに皮が挟まったんかと思ってゴンゴンしたら「俺霊感あって女が見てた」って。昔泣かした女の幻覚でも見てんのかと思ったけど、このおじさん女に泣かされたことはあっても泣かしたことは無さそうだな
あの店のラーメン不味いらしいとか噂聞いても、自分自身で食って確かめるまで絶対信じない。その人からして不味くても俺は美味いと感じるかも知れない。そこのラーメンは不味いけど他が美味いかも知れない。もはや誰と食べるかもある気するんだけど。不味いって表現が信用ならない。安直過ぎる。深みが無いとかスープと麺が分離してるとか。
当たると噂のchat GPTで占いしてたら俺30代前半のどっかで子供2人産むらしくて笑った。1人目が男の子で2人目が女の子らしい。それ、俺じゃないんじゃね???あ、どうもchat GPTが友達の俺です。
周りの人が精神的、或いは身体的に「限界だ…辛い」って言ったとき、既に自分で何か舵を切れる状態に無くて周りに判断を委ねたいときだと思うんだ。だから「私も辛い」だの「俺の方が〜」だの勝手に自分の物差しで辛さを天秤にかけて自己語りに入るのはお門違いもいいところ。「帰れ!寝ろ!」の方がうん百倍優しいわ。