ある程度栄えてるところだとぐるぐる頭回るんだけど、ただ家の近所を歩くだけは全く頭回らなくて意味がない。引っ越す前は定期券内にいくつか繁華街があったから全く無問題だったけど今の家は...そして電車に乗るお金はない。
うさぎと2人で過ごす3~4日間です。月か火にふらっと帰ってくるらしいけど、日から金まで僕は家にいたりいなかったりする。なんで休養1ヶ月もらって人との予定が最後の1週間に固まるん、もうちょいバラけるか、どーせなら最初の1週間に固まってほしかったわん。
「麻雀やろ」って言われて「ルールなんにもわかんないよ?」って聞いて「大丈夫、自分も分からないから!」って返されて、結果何一つ教わらないまま1時間くらいボコボコにされたんだけど、これまでに関わってきた人のこれ率の高さやばい。多くの人がそうなのであればそれこそ本当に何も信用できねぇだし、少なくともこの人たちに関しては「人を誘うな、二度と」という気持ち
入院しない場合の絶対条件・身の安全の保証・通院の薬の服用・カウンセリングがこれでようやく全てクリアできそう、つまり1年5ヶ月かけてようやく入院させなくてもなんとかなったって証明にはできそうなのに、その生活を持続させるだけの経済的精神的身体的余裕がね。悔しさしか感じないけど。このギリギリまで進んで可能な限りの光明を見せて奈落に突き落とすというのが僕のこれまでの人生で色んな人に行ってきた常套手段なわけで、それを今回もやってしまったわけで、つまりは私が地獄の化身。
同居人がこれまで生きてきた環境を地獄と称するのなら、その出口はあくまで自立した人生を送れるようになることで、とするなら僕が家で預かって面倒を見るって選択はその出口から遠のいているという意味で地獄と同種なのかもしれないと気づく。同種というか、せっかく地獄から抜け出せるルートが見えたのに、その手前で地獄に引き戻した(あるいは脇道に逸らさせた)、僕だって地獄じゃないか。
詰め込んでも破綻することは分かってる。ペースを落としたって破綻することも分かってる。ちょうどいいペースなんて社会のどこかしらに身を置く時点でそうそうあり得ないし、何もしないことも、それしかしないことも、許されないのが世界だし。