声のない あいさつ展
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そう𖤣𖥧𖥣。
のびをひとつ、猫みたいにしなやかに。
窓を開ければ、光がまぶしくて
一瞬だけ目を細める。
そして――あなたに、まばたき。
それだけで、
世界が少し目を覚ます。
#そうの思考整理 #文章練習

そう𖤣𖥧𖥣。
遅くなるかもしれないし、もう戻らないかもしれない。
それでも、玄関に明かりをひとつ、灯しておく。
湯気の立つカップを置いて、
読みかけの本を開いたままにして、
あの人がいた形を、そっと残しておく。
誰かを呼び戻すでもなく、
ただ――「帰ってきてくれたらいいな」と、
心のどこかで願ってしまうこと。
そんな想いを、静かに並べておくこと。
それが、「#おかえり 」の本当の意味なのかもしれない。
#そうの思考整理 #文章練習


そう𖤣𖥧𖥣。
ご飯粒ひとつ残さず、味噌汁の最後の一滴まで、丁寧に。
音もなく微笑むその姿は、まるで小さな祈りのようだった。
その瞬間——
地球の自転が一秒だけ止まった。
宇宙の観測所がざわつく。
「……いま、完璧な“アレ”が行われた」
上空、空間が裂け、白く光る巨大な茶碗が姿を現す。
その中心に浮かぶ文字——
「美味」
それを見た銀河評議会の全員が、そっと箸を置いたという。
⸻
その日から——
・畑のトマトがひとまわり甘くなり、
・給食のカレーのルーが“ちょっとだけ”増え、
・スーパーの弁当のごはんが、冷めてもなぜか美味しくなった。
誰もその理由は知らない。
でも、どこか世界が、やさしくなった気がした。
⸻
「たったひとつの#ごちそうさま で、宇宙は、ちょっといい方へ傾いた。」
#そうの思考整理 #文章練習 #表現のかけら


そう𖤣𖥧𖥣。
※もどかしさをお楽しみください
ーーーーー
……なんて言ったらいいんだろう。
別に大したことじゃないって、君は笑うだろうけど、あのときのこと、ずっと覚えてる。
君がそこにいてくれて、
言葉にしなかったことまで汲み取ってくれて、
何気なく差し出したあの一瞬の、それだけで、僕は。
いや、うまく言えないな。
ただ、なんていうか、
すごく…その、
……うん。ほんと、それなんだよ。
わかる?
……わかんないか。そうだよね。
でも、そうじゃなくて、違うんだよ、これは――
……ちがう。うまく言えない。
でも、君にはわかってほしい。
そのまなざしとか、声のあたたかさとか、
そういうの全部、ちゃんと届いてたんだって。
ほら、ほら、なんて言えばいいんだよ……!
……ちょっとだけ、黙って聞いてて。
ちゃんと伝えたいのに、言葉が全然足りなくて、悔しい。
……うん、でも、それだけ、大事だったんだ。
ほんとに。
※以下ループ
#そうの思考整理 #文章練習
#表現のかけら

そう𖤣𖥧𖥣。
──────
僕の家の玄関には、「ただいま専用スイッチ」がある。
正式名称は「人感センサー付き照明」なんだけど、なぜか僕が「ただいま」と言ったときだけ、光る。
弟が帰ってきても光らない。
母が帰ってきても反応なし。
でも僕が声に出すと、ふわっと光る。
「俺、家に好かれている…?」
最初は気のせいかと思ってたんだけど、ある日、声を出さずにただドアを開けただけでは真っ暗のまま。
意地になって「こんにちワニ!」って言っても無反応。
試しに母が「ただいま」って言ってもダメ。
弟が「おじゃましまーす!」って叫んでも、むしろセンサーが避けた。
この家、なんか選んでる。
でも、ある晩──酔っぱらって帰ってきて、
「タラバガニ…」ってつぶやいたら、光ったんだ。
「えっ…?」
次の日もやってみた。
「タラバガニ」→光る。
「ただいま」→光らない。
「おかえり」→ブブー。
「カニ味噌」→超まぶしい。
どうやらセンサー、僕の“滑舌”じゃなくて“テンション”を見てるらしい。
つまり、ただいまって言葉じゃなくて、
「本気で帰ってきたかどうか」をカニで判定してる。
それからうちの家族、帰宅時の合言葉が全部カニ関連になった。
母「ズワイガニ」
弟「イセエビ(やや外れ)」
僕「アブラボウズ(なぜか大当たり)」
玄関は、海鮮市場みたいな匂いになった。
⸻
結論:「ただいま」とは、家に帰ることではない。
“自分の殻を脱いで、茹で上がる覚悟があるか”である。
──ようこそ、我が家へ。
本日のおすすめは、タラバです。
#そうの思考整理 #文章練習 #ただいま

そう𖤣𖥧𖥣。
昔々――まだ星に名前がなかった頃。
夜は、ただの闇ではなかった。
眠るたび、人々の魂は空を旅した。
あらゆる夢がまだ世界の“外”にあった時代のこと。
人は知らずに彷徨い、
そのまま帰れなくなる者もいた。
夢の中で名前を忘れ、
朝が来ても目を覚まさなかった。
それを悲しんだ“眠りの神”は、ひとつの言葉を人々に授けた。
――「おやすみ」
この言葉を交わすことで、魂には「戻る場所」が与えられる。
迷ってもいい、怖がってもいい。
けれど最後には、必ず朝の世界に還れるようにと。
以来、人々は眠る前に小さくつぶやく。
誰かに向けて、あるいは空に向けて。
「おやすみ」と。
それは祈りであり、合図であり、
時に“愛している”と同じ重みを持つ。
夜ごと、星々はそれを見守っている。
言葉にならない想いのかわりに。
今日を終えるすべての人の上に、静かに降りそそぐ。
おやすみ。
それは、眠りにつく者たちへの
世界からの「またね」
——そして、そうして出来上がったのが、
寝落ち民専用『寝落ちルーム』である。
投稿のほとんどが「」で構成され、
リアクションはすべて「」だったという——。
(いい夢を)


そう𖤣𖥧𖥣。
何も言わなくても、
何も証明しなくても、
自分が、自分に戻れる気がした。
それは、誰かとの約束でもなく、
記憶でもなく、
たぶん「存在していていい」という、
目には見えない受け入れだった。
何もできなかった日でも――
それでも、
ここに戻ってきた自分を
拒むものが何もないこと。
その、静かな肯定。
そんな儀式と戻れる場所の事。
一言でいうと#ただいま
深い言葉である
#そうの思考整理
#文章練習


そう𖤣𖥧𖥣。
「いただきます」は、かつて食べ物との対等な握手だった。
――――――
昔むかし、食べ物たちは人間に食べられることを「運命」と思っていなかった。
ニンジンは走る練習をしていたし
魚は空を飛ぶつもりだったし
パンは哲学を語ろうとしていた。
でもある日、人間たちは言った。
「いや、すまんけど食べるわ」って。
そこで、食べ物会議が開かれた。
議題は「食われるか、交渉するか」。
結果、彼らが出した答えはこうだった。
「せめて、尊敬と対話を」
食べられるという結末は変わらない。
でも、その前にせめて、
“お前のことを大切に思っている”という言葉をくれ。
そして生まれたのが――
「いただきます」
これは命を奪う言葉ではない。
命と命の、最後の対話。
「きみの人生、ちゃんと受け取るよ」
「じゃあ頼んだよ、人間」
そんな不思議な約束が、あの一言に込められている。
だから、うっかり言い忘れると、
テーブルの上の食材たちが夜に集まってヒソヒソ話してる。
「ここの家、あいさつない系だわ」
「マジか、マナーやば」って。
だから僕は、食事の前は例のあの契約の言葉を
言うようにしている
みんなは...どうだい?
#いただきます
#そうの思考整理 #文章練習

