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SESILU

tomo*

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あさ
削除されなかったもの
私は、長野以外で暮らしたことがない。
進学も、就職も、結婚も、
すべてこの土地の中で起きた。
それが特別だと思ったことはない。
周りを見渡せば、
似たような人生はいくつもあった。
山に囲まれたこの町は、
季節がはっきりしている。
春は春らしく始まり、
冬は、必ず寒くなる。
次に何が来るのかが、
だいたい分かる。
それは退屈というより、
安心に近かった。
私は、動かないことを選んできた。
選んだというより、
動かずに済む場所に、
最初からいた。
外に出たいと思ったことが、
ないわけではない。
テレビで見る街は、
明るくて、便利そうで、
何でも揃っているように見えた。
でも、
行かなければならない理由は、
最後まで見つからなかった。
この町には不便さがある。
車がなければ暮らせないし、
雪が降れば予定は簡単に崩れる。
けれどその不便さは、
前もって分かっている不便さだった。
備えられるし、
覚悟もできる。
知らない不便さより、
分かりきった不便さのほうが、
私には扱いやすかった。
最初の結婚も、
この町だった。
相手は、
この町の出身ではなかった。
外から来た人だった。
この町の話をするとき、
彼はよく黙って聞いていた。
質問はするけれど、
自分の話は、
あまりしなかった。
私はそれを、
「穏やかな人」だと思っていた。
今思えば、
落ち着いていたのではなく、
まだ、
どこにも留まっていなかったのかもしれない。
「ここは静かでいいですね」
そう言われたとき、
私は少しだけ誇らしかった。
自分が当たり前だと思っている場所が、
誰かにとっての居場所になる。
それは、
悪くないことだと思った。
暮らしは、問題なく回った。
朝起きて、
仕事に行き、
帰ってきて、
夕飯を作る。
休日は、
買い物をして、
洗濯をして、
部屋を整える。
私は、
同じ生活を繰り返すことに、
疲れを感じなかった。
けれど彼は、
同じ毎日の中で、
少しずつ、
居場所を失っていったのかもしれない。
遠くへ行く話が出ると、
私はいつも言った。
「ここで十分だよ」
その言葉は、
私にとっては
「満ちている」という意味だった。
彼にとっては、
「ここから動けない」という意味に
聞こえていたのかもしれない。
生活は安定していた。
変えなくても、
続いていく。
それは、
私が根を張っていたからで、
彼が根を張れたかどうかは、
考えていなかった。
家の中で、
彼の言葉が減っていったのは、
いつ頃からだっただろう。
「今日は寒いね」
「そうだね」
会話は成立していた。
でも、
同じ場所を見ている感覚は、
少しずつ、
ずれていった。
ある日、
彼が言った。
「少し、外で暮らしてみたい」
それは、
新しい場所を求める言葉というより、
この場所に、
もう留まれないという
告白だったのかもしれない。
私は、
すぐには意味が分からなかった。
「どうして?」
そう聞いたけれど、
本当は理由を知りたかったわけじゃない。
ここを離れる理由が、
存在してほしくなかっただけだ。
「今じゃなくていいでしょう」
そう言ったとき、
私は、
止まってほしかった。
彼は、
止まることができなかった。
それから少しして、
彼は家を出た。
数日後、
携帯に留守電が入っていた。
「……また、連絡します」
それだけだった。
用件も、
理由も、
感情もなかった。
私は、
その留守電を消さなかった。
流れていった人が、
一度だけ、
ここに触れた跡だった。
離婚は、
静かに決まった。
大きな出来事はなかった。
ただ、
根を張った者と、
流れ続けた者が、
同じ場所にいられなかっただけだ。
それからしばらくして、
私は再婚した。
相手は、
この町の人だった。
生まれも育ちも、
ここだ。
昔、
同じ小学校に通っていたらしい。
私は覚えていなかったけれど、
向こうは、
私を知っていた。
外へ行く話は、
最初から出なかった。
それが、
楽だった。
天気の話が、
最後まで噛み合う。
季節の進み方を、
同じ速さで受け取れる。
今の暮らしも、
特別なことはない。
朝起きて、
仕事に行き、
帰ってきて、
夕飯を作る。
違うのは、
同じ場所に立っている人が、
隣にいるということだけだ。
季節は変わる。
雪が降り、
解け、
また春が来る。
携帯を買い替えるとき、
留守電は移行されなかった。
それでいいと思った。
ある春の日、
窓を開けると、
風が少しだけ柔らかかった。
今年も、
春はちゃんと来た。
流れなかったことも、
流れていった人がいたことも、
留守電を消さなかったことも、
再婚したことも、
全部、
自分が選んだことだ。
逃げなかったわけじゃない。
戻らなかっただけだ。
それで、
この場所にいる。

りょう

クロ
回答数 40>>
20歳長野住み!
学生です!
趣味は絵かいたり小説書いたりです!
よろしくです!

あさ
止まったまま、走っている
夕方の熊本市内は、昼と夜のあいだで、ゆっくりと息をつく時間だった。空はまだ明るいのに、信号の色が一つ変わるだけで、街の表情が少しずつ夜に近づいていく。
タクシーは交差点の手前で止まり、エンジンの振動だけが足元から伝わってくる。フロントガラス越しに見える空は、春の手前の色をしていた。冬の名残がまだ残っているのに、どこかで確実に季節が動いている。
和弘は、ハンドルに両手を置いたまま、ぼんやりと空を見ていた。
大阪で生まれた。進学を機に東京へ出て、そのまま就職した。三十代で長野に移り住み、結婚した。四十歳で離婚した。
それらはすべて、あとから並べれば「経歴」になるが、一つひとつの場面では、ただ「そうなった」という感覚しかなかった。
選んだというより、流れてきた。
それでも、ここでタクシーを運転している。
「ここで降りた」熊本に来たとき、そう思っただけだった。理由はない。ただ、それ以上進む気がしなかった。
後部座席のドアが開き、年配の女性が乗り込んできた。小柄で、背筋が伸びている。白髪はきれいに整えられ、コートの襟元もきちんとしていた。
「行き先は、どうされますか」
いつもの確認の声だった。
女性は少し考えてから、困ったように笑った。
「決めてないの。……こういうの、困る?」
和弘はミラー越しに女性を見る。困っている様子はない。試すようでも、甘えるようでもない。
「いえ、大丈夫です」
そう答え、メーターを入れて車を出す。
洗車したばかりのボンネットに、いつの間にか花びらが一枚、張りついていた。走り出すと、風にあおられて、しぶとく残っている。
「熊本は長いの?」女性が聞いた。
「四年くらいです」
「じゃあ、もう慣れたでしょう」
和弘は、少しだけ間を置いた。
「……まだ、そんな感じはしません」
自分でも、正直な答えだと思った。
女性は窓の外を見たまま、静かに言った。
「私もね、ここに来たとき、同じこと思ったの」
ミラー越しに見る横顔は、穏やかだった。
「お仕事の都合ですか」
「いいえ。逃げてきたの」
冗談めいた言い方だったが、声は軽くなかった。
「若い頃は、教師をしてたの。国語」
和弘は、少しだけ驚いた。
「言葉を教える仕事よ」
「……そうなんですね」
「でもね」
女性は、少し笑った。
「自分の大事なことほど、言葉にできなかった」
信号が変わり、タクシーは静かに進む。窓の隙間から入る風は、まだ冷たいが、冬ほど刺さらなかった。
「結婚して、子どももいたわ」
「……そうなんですね」
「でも、“いい母親”でいることに夢中で、自分が何をしたいか、考えないふりをしてた」
言葉は淡々としていたが、長い時間を生きてきた人の重みがあった。
熊本城が見えてきたとき、女性が言った。
「ここ、少し止めてくれる?」
車を寄せ、エンジンを切る。城の下の道には、掃ききれなかった花びらが、ところどころ残っている。
夕暮れの城は、長い時間そこに立ち続けてきたものの顔をしていた。
「ここね」
女性は城を見上げたまま言った。
「昔、“また今度”って言って、来なかった場所なの」
しばらく沈黙が続く。
「“あとで”って、便利な言葉よね」
「……」
「やさしくて、残酷で」
そして、和弘の方を見ずに続けた。
「あなた、やさしい人ね。でも……やさしいまま、逃げてきたでしょう?」
胸の奥が、少しだけ締まる。
考える前に、言葉が出た。
「……逃げたいうより、どこにも行かへんかっただけです」
一瞬だけ、大阪の響きが混じった。
自分でも驚くほど、はっきりした声だった。
女性は振り返らず、静かに頷いた。
「……そう。それ、一番しんどいやつね」
それ以上、何も言わなかった。
病院に着くと、女性は丁寧に頭を下げた。
「今日は、ありがとう。ずいぶん、話しちゃったわね」
「……いえ」
ドアが閉まり、女性の背中が遠ざかる。
その夜、川沿いで車を止めた。エンジンを切ると、街の音が少しだけ遠くなる。
スマートフォンを開くと、古い留守電が残っている。
再生すると、若い頃の自分の声が言った。
「……また連絡します」
それだけだった。
和弘は、小さく息を吐き、削除を押した。
確認画面。迷いはなかった。
留守電は、音もなく消えた。
翌朝。空は思ったより早く明るくなっていた。
和弘は運転席に座り、メーターを入れる前に、一度だけスマートフォンを伏せた。
昨夜、留守電を削除したときの、あの静けさが、まだ残っている。
何かを決めたというより、決めなかったことを、確かめただけの感触。
営業灯を点ける。
駅前で、若い男が手を挙げた。リュックを背負い、周囲を一度見回してから、後部座席に乗り込む。
「行き先は?」
「……まだ決めてなくて」
男の声は、少しだけ硬かった。
「そうですか」
タクシーが動き出す。朝の街は、昨日より少しだけ輪郭がはっきりしている。
信号を二つ過ぎたところで、和弘のほうから、ふと思いついたように口を開いた。
「……この街、どうですか?」
男は一瞬、言葉に詰まった。
「え?」
「住む人の目から見て、です」
自分でも、なぜそんなことを聞いたのか、はっきりとは分からなかった。ただ、昨夜、削除したあの声が、まだ胸のどこかに引っかかっていた。
男は、窓の外を見た。
「……まだ、よく分からないです」
「昨日、来たばっかりなので」
和弘は、ハンドルに指をかけたまま、小さく息を吐いた。
「ですよね」
信号が赤になる。街が、一度止まる。
その静けさの中で、和弘は、ほとんど独り言のように言った。
「分からんままでも、止まっても、走っても、どっちでも大丈夫な街やと思います」
それは、街の話のようで、昨夜の自分への返事のようでもあった。
信号が青に変わる。
タクシーが動き出したとき、和弘は、もう一度だけ、言葉を外に出した。
「行き先が決まってなくても、走りながら決めても、ええと思うんです」
男は何も言わなかった。
その沈黙が、昨夜、留守電が消えたあとの静けさと、よく似ている気がした。
和弘は、前を見た。
タクシーは、いつもの速度で走っている。
#短編小説
#創作
#行き先未定

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クロ
ネッ友を作るためにGravity始めたよ!
よかったら仲良くしてね!
配信とか小説書いたり、ゲームしたりとかが趣味です!
訳あって22時から1時は返事出来ないかもー!そこんとこよろしく!
#05
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SESILU
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