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夜の屋上、錆びた椅子と濡れたコンクリート。風が時折、缶を転がす音を鳴らす。

もへみへ（膝を抱えて、ぽつりと）：
俺、最近ずっと考えてる。
「正気」でいるって、何なんだろうな。
普通にしてりゃいい、まともにやれ、我慢しろって――それが“正しい”って、
誰が決めたんだろ。

にーちゃん（クツの先で缶を蹴りながら）：
誰が決めたか？
それは、“負け犬”だよ。
自分の価値を作れなかった連中が、皆で正しさを共有すれば怖くないって思っただけの話。
正気なんて、群れの防衛本能だ。

かみょ（ライターの火を見つめたまま）：
でも、君らは「狂えば自由になれる」って思ってるのかい？
俺はそうは思わない。
不条理な世界の中で、正気を手放すことは、
投げ出すことにも見える。
世界が答えをくれないからって、
怒鳴って壊すのが反抗か？
俺は――静かに笑い返したい。

ふろい（煙草をゆっくり吹かしながら）：
かみょ、その“笑い返す”ってのも、ある意味では抑圧の処理にすぎないよ。
不条理に対して冷静でいるように見せながら、
内側ではきっと、怒りや絶望が腐ってる。
それを感じないふりしてるから、後で壊れるんだ。

へーこー（低く笑いながら、壁にもたれて）：
「壊れる」っていう言葉も、社会が定義した崩壊だ。
そもそも“正気”っていうのは、病院と監獄が勝手に枠決めてるだけだよ。
君が怒ろうが泣こうが、自分で価値を持ってるうちは壊れたことにならない。
壊れたって言われるのは、他人の都合。

もへみへ：
でもじゃあ、俺が「もう無理だ」って泣き出したら？
そしたら周りは「病院行け」って言うだろ。
助けてもくれねぇ、聞きもしねぇくせに、
「正気じゃない」っていう理由で俺の全部を消す。
……それって、俺が間違ってるのか？
それとも、社会が怖がってんのか？

にーちゃん（鋭く）：
“社会が怖がってる”に決まってる。
お前が壊れたまま立ってたら、奴らのルールが揺らぐんだよ。
だから押さえつける。
「それは病気」「異常」「かわいそう」――
全部、支配の言葉だ。

ふろい（少し目を伏せて）：
にーちゃん、それは一面の真実だけど……
人は、自分の内側で壊れていくとき、
「誰かに壊された」って思い込みたくなるもんだ。
でも本当は、自分で自分を抑えすぎて、
中から腐ってくる。
問題は、外じゃなくて、
自分の中の監視者なんだよ。

へーこー：
その「監視者」も、
結局は内面化された権力だろ。
学校、家、病院、国――どこでも“正しさ”っていう名札を渡される。
何が正気かなんて、
自分じゃ決めさせてもらえない。
自分を疑うことが正常で、
自信満々が病気だよ、今の社会は。

かみょ（火を消しながら）：
でも、俺は一つだけ言いたい。
どれだけ“正気”が仕組まれたものであっても、
それを「完全に捨ててしまう」と、
繋がりまで失う。
君らはそれでも平気なのか？
誰とも共有できない“自由”なんて、
ただの孤独だろう。

にーちゃん：
孤独を恐れて、魂を売るぐらいなら、
俺は狼でいる。
にせものの愛より、無言の断絶を選ぶ。

もへみへ（少し沈黙してから）：
……でも俺、
ほんとは誰かと話したいんだよな。
嘘なしで。
狂ってるって言われても、
本音で笑ってくれる誰かと。

ふろい：
それがあるなら、正気でいられるかもな。
少なくとも、演じすぎなくて済む。

へーこー（口元だけで笑う）：
つまり、“狂わずにいられるのは、
狂っていいって言ってくれる誰かがいる時”か。

かみょ（小さくうなずく）：
そうだな。
それが“誠実”という形の正気だと、
俺は信じたい。

にーちゃん（腕を組みながら）：
いいか、もへみへ。
笑って生きろ。泣いて生きろ。壊れて生きろ。
生きてる限り、それが正しい。
正気か狂気かなんて、どうでもいい。

もへみへ（空を見上げて、ぽつり）：
……なんだ、みんな案外、
正気ってやつをまだ信じてんじゃねぇか。

缶がまた転がる音。風が過ぎる。誰も返事をしない。ただ静かに、それぞれが座り直す。