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さめ
深く考えずにシャドバしたら誤爆しかなかったよ
3ボタンナビゲーションに戻しました

雨音
まーじで苦手💦
iPhoneが使えない理由のひとつでもあるけど
スワイプ動作とか長押しが苦手
ポチポチ押して完結したい
ジェスチャーの方がなんか...スタイリッシュでいいじゃん!?画面に無駄な表示ないし!
頑張って慣れよう(5度目の挑戦)



うばと

🍓ᗩᓰ

ゆきね
お風呂への応援ナビゲーション完了っ!✨️

こしあん

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Jun
今日、バイクを受け取りに行き、実質約30年ぶり位に大型バイクを運転して帰宅しました。昔と違ってディスプレイに出てくる内容や、それらを出す方法を覚えるのが大変です。
ガソリンタンクは何だか短くて太いし、グリップヒーターついてて快適だし、インカム繋いで音楽聴きながら、ナビゲーションしておっかなびっくり帰りました。
30歳の頃、ニンジャや刀に乗っていた時は何なく転がしてた車体も、この歳になると、今のバイクの方が軽いのに、ハンドル持って車体を後退させるのが一苦労でした。


またんぎ
神功皇后の伝説は物語ですが、北九州市においては**「1800年前から続く地政学的な痕跡」**として、現代の地図や文化財の中に明確に埋め込まれています。
以下に、北九州市内に「事実」として現存する痕跡を分類し、深掘り解説します。
1. 公的歴史書と一致する唯一の比定地:岡田宮(岡田神社)
伝説の多くは口伝ですが、八幡西区の「岡田宮」に関しては、日本の正史である『日本書紀』の記述と地理的に一致するという「事実」があります。
* 事実の所在: 八幡西区岡田町(岡田宮)
* 残された痕跡:
* 『日本書紀』の記述: 書記には、神功皇后が「崗県(おかのあがた)の主、熊鰐(わに)」の案内で到着し、橿日宮(現在の香椎宮)へ向かう前に**「この地に一年留まった」**とはっきり記されています。
* 地理的整合性: 古代、この地域は「崗(おか)の港」と呼ばれた入り江でした。洞海湾の奥に位置し、外洋からの波を受けず、船団を隠し、補修し、兵糧を蓄えるための「軍事基地」として最適な地形です。
* 深掘り解説:
ここが単なる立ち寄り所ではなく、「一年間」も滞在したという記述は重要です。これは三韓征伐という巨大プロジェクトに向けた**「兵站(へいたん)基地」が実在した**ことを示唆しています。岡田宮は、その前線基地の司令部跡地としての性格を強く帯びています。
2. 「行政地名」として固定化された事実
伝説が単なる昔話で終わらず、現代の住所や駅名として行政的に採用され続けている事実です。これらは神功皇后の行動が、土地のアイデンティティになったことを証明しています。
① 門司区「大里(だいり)」
* 事実の所在: JR大里駅(現:門司駅周辺)、地名としての大里。
* 深掘り解説:
「内裏(だいり)」とは天皇や皇后の住まい(皇居)を指す言葉です。一地方の地名にこの言葉が使われるのは異例です。神功皇后がここに仮の御所を建設したという伝承が、古代から地元民にとって疑いようのない事実として認識されていたからこそ、この地名は現代まで変更されずに残りました。
② 八幡東区「皿倉(さらくら)」
* 事実の所在: 皿倉山
* 深掘り解説:
皇后が下山時に言ったとされる「更に暮れたり(さらにくれたり)」という言葉が語源です。重要なのは、この山が国見(敵情視察や地形確認)に最適な北九州最高峰であるという地理的事実です。指導者が戦略を練るために登る山として、これ以上合理的な場所はありません。
③ 戸畑区「飛幡(とばた)」
* 事実の所在: 飛幡八幡宮、戸畑という区名。
* 深掘り解説:
「鳥が旗のように見えた」あるいは「鳥の旗を掲げた」という伝説に由来します。古代の航海において、鳥は陸地や風向きを知る重要な指標でした。ここが水先案内(ナビゲーション)の重要拠点であったことを、地名が暗示しています。
④ 小倉「紫川(むらさきがわ)」
* 事実の所在: 一級河川 紫川
* 深掘り解説:
皇后が衣服を染めるために紫草(ムラサキ)を用いたという伝承。実際、この川の流域にはかつて紫草が自生していた植生上の事実ともリンクします。
3. 千年以上継続している「神事」という事実
伝説を再現する行為が、途切れることなく現代まで続いているという事実です。
* 事実の所在: 門司区・和布刈(めかり)神社
* 神事: 和布刈神事(福岡県指定無形民俗文化財)
* 深掘り解説:
毎年、旧暦の元旦に神職が海に入り、ワカメを刈り取って供える神事です。これは神功皇后が凱旋時に、潮の干満を司る珠(干珠・満珠)の霊験に感謝してワカメを供えたことが起源とされます。
重要なのは、和布刈神社が**関門海峡の潮流が最も速く、危険な場所(早鞆の瀬戸)**に鎮座している点です。ここでの航海安全祈願は、当時の渡海がいかに命がけであったかというリアリティを現代に伝えています。
4. 物理的に存在する「巨石・痕跡」
「皇后が腰掛けた」とされる石などは全国にありますが、北九州においては、それらが神社として体系的に管理されています。
* 事実の所在:
* 高見神社(八幡東区): 洞海湾を見下ろす場所にあり、ものづくりの神とともに神功皇后を祀る。製鉄所(近代)ができる遥か昔から、この地が「資源・技術」に関わる場所だったことを示唆。
* 蒲生八幡神社(小倉南区): 境内に「神功皇后御駐輦(ちゅうれん)の跡」としての石や、かつて「古裾木(こそそぎ=衣服の裾を洗う)」と呼ばれた由緒書きが存在。ここは内陸部への入り口であり、陸路移動の拠点でした。
結論:北九州市における伝説の正体
妄想を除外して見えてくる北九州市の神功皇后伝説の正体は、**「古代国家による朝鮮半島進出のための、巨大な兵站・軍事ネットワークの痕跡」**です。
* 門司(大里・和布刈): 最前線の出撃・凱旋ゲート。
* 八幡(岡田・洞海湾): 船を隠し、1年かけて準備をするための安全な後方支援・造船基地。
* 皿倉・高塔: 司令官による監視・通信(狼煙など)のための高台。
* 小倉(蒲生・紫川): 物資調達や内陸移動のルート。
北九州市内の伝説は、単なるファンタジーではなく、「なぜそこにその地名があり、その神社があるのか」を軍事的・地理的合理性で説明できるという点で、極めて「事実」に近い歴史遺産と言えます。

ibuki
自分の意志が全くない友人との旅行がしんどすぎてパート3
行動パターン決めるときも基本わたしなので、決めますが本人意思無いので基本全部おっけい。ある意味ありがたいと言い聞かせてますが、食事になるとこれ食べたいと私が言うと断られることありますが、代替え案なしです。お店も調べてというと調べたところ閉まってたり営業時間終わってて、なんで電話したりしないのかと疑問。ちなみにそれは調べるに値するのか。それに買い物、会計どこでも全部着いてきて隣りに居ます。会計のときはせめて外してほしいと思うのは私だけでしょうか。
車の運転長時間移動してても、運転変わるねの言葉もありません。あと、私が運転しててもナビゲーションなどもしないので、もう諦めて自力です。ちなみに彼女に運転依頼したときに同じことをしたらナビ見てないので(なぜ。)道間違えすぎて時間が超過ばかりでとても不安。。。

アール
回答数 6>>
もしくは全ての車は同じ形同じ種類にして、誰でも乗れて走るスピードも制限されて、指定された道路だけを走れるようにすれば全自動は出来る。
マミ
飛行機
1944(昭和19)年12月7日に国際民間航空機関ICAOの設立を定めた
証書
国際民間航空条約
通称シカゴ条約
の署名が行われたことにちなんで、ICAOが国際デーとして記念日を制定しております。
国際表記
International Civil Aviation Day
日本は1953(昭和28)年からICAOに参加しており、1956(昭和31)年以降は理事国の一国として活動しております。
ICAOの主な活動としては
航空技術の普及
管制方法の標準化
国際ルールの制定
があり、近年では衛星を利用した航空機のナビゲーション技術となる
CNS・ATM構想
の開発も行われております。
Communication
通信
Navigation
航法
Surveillance
監視
と
Air Traffic Management
航空交通管理
の構築を目指した構想。

しゃも
画面は左上から見ていくことが多いと思うのですが、その場合画面下に配置されるものに気付きづらいこともあるのだろうか…?と思っての質問です。
#アクセシスタディーズ
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