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走一(そういち)❣️
最近、心理学の星でのコメントを他の惑星に飛ばすことが多いので、改めて、ルールや使い方のポイントを解説します。
心理学に関連する投稿をオススメしています。投稿の際は、第三者から見ても心理学の内容だと分かるようにご配慮ください。例えば、『行動心理学の観点からコメントします』や『変貌性の法則とは…』のように、具体的に心理学に触れているかを明記することをオススメします。
『ひとりごと』や『ポエム』のような投稿は、心理学との関連が不明瞭な場合、運営側の判断により移動される可能性があります。『犯罪心理学の観点からひとりごとします』や『メラビアンの法則とは…』のように、心理学の内容だと分かるように記述してください。
心理学に関するご質問は、『質問ひろば』をご利用ください。例えば、『おすすめの心理学に関する大学を教えてください』など、心理学に関する疑問はこちらで質問してください。
心理学に関するイベントを自由に企画・開催できます。『公認心理師になるにはどうしたら良いのか?』や『福祉心理士になるにはどうしたら良いのか?』といったテーマなど、心理学に関するイベントを立ち上げて、皆で盛り上げていきましょう。
抽象的なコメントは誤解を招く可能性があるため、主語などを省略せずに詳しく書くことをおすすめします。例えば、『学生です。よろしくお願いします!』と書くよりも、『心理学部の学生です。よろしくお願いします!』と書く方が、同じ意味でも相手により伝わりやすくなります。
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走一(そういち)❣️
心理学は、人間の心を理解し、病気を理解し、より良い生き方を見つけるための大きな力になります。この心理学の星が、多くの人にとって新しい気づきや成長のきっかけを与え続ける場であることを願っています。
また、心理学の資格取得のための応援や支援の場になることを願っています。
次なる目標に向けて、これからも共に学び、楽しみながら成長していきましょう!改めて、2400人突破おめでとうございます!
そこで、心理学の星を一緒に管理する方を募集します。
心理学の知識はあってもなくても構いませんので、心理学と関係ないコメントを惑星から突き放してくれる方などを募集します。
参加希望の方はコメント欄にコメントを下さい。よろしくお願いします。
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臼井優
周りの大人が「話が通じない」「理不尽」「成長がない」と感じてしまうのは、あなたがそれだけ周囲を客観的に見る力があり、精神的に成熟している証拠でもあります。
そんな環境でストレスを溜めすぎないための、心の持ち方を紹介します。
1. 「期待」を完全に捨てる
怒りや絶望は「普通これくらいはできるだろう」「大人ならこうあるべきだ」という期待から生まれます。
相手を「大人」として見るのをやめ、「言葉を話すだけの、少し厄介な生き物」だと定義し直してみてください。
期待値をゼロにすると、おかしな行動をされても「ああ、またこの生き物が鳴いているな」と受け流しやすくなります。
2. 「反面教師のデータ集」にする
彼らを「自分を導いてくれる存在」ではなく、「将来、自分がああならないためのサンプル」として観察しましょう。
なぜこの人はこんなに効率が悪いのか?
どうして今の発言が人を不快にするのか?
これらを分析して自分の学びに変えることで、イライラを「観察」という知的な作業にすり替えることができます。
3. 精神的な「脱出計画」を立てる
今の環境がすべてだと思うと絶望してしまいます。「数年後にはここを出る」「経済的に自立して関係を断つ」といった具体的な自立プランを立てることに集中しましょう。
厚生労働省の「こころの耳」のような相談窓口で、ストレスへの対処法を確認したり、将来のキャリアについて調べたりするのも一つの手です。
4. 自分の「聖域」を作る
物理的に離れられない場合は、精神的に離れる場所を作ってください。
誰にも邪魔されない趣味の時間
ネット上の尊敬できるコミュニティ
読書など、賢い人の思考に触れる習慣

ぬ
こういうのを他の媒体で書くと、私でしょうか?💦とか言ってくる方いるけどそれも鬱陶しい。
根本的にSNS向いてないんだろうな

エントロピー
最高峰の学問マスターと仏陀とバブみと
ヤンチャのルーツと「究極のプッツンや規格外」の両端を担う事に学問してよかったゼーと
「同時にクソ真面目くんら」が抜けてるとこを書いてるつもり、国民には期待しない、知らないに決まってるからだね.
見沢さんは10代の頃から左翼活動に参加、まもなく右翼に転向。新右翼の統一戦線義勇軍でイギリス大使館火炎瓶ゲリラ事件やスパイ粛清事件(殺人事件)を起こし、実刑判決を受けて12年の獄中生活を送る...
という、生涯が超絶にハードモードな人でした。
獄中で執筆した小説が新日本文学賞の佳作となり、出所後、作家デビュー。96年に出版された獄中手記の『囚人狂時代』(ザ・マサダ、1996年/新潮社、98年)はベストセラーとなり、97年に発表した『調律の帝国』(新潮社、1997年)は三島賞候補になりました。
しかしその後、長年の獄中生活によるPTSD、及び向精神薬の大量摂取などにより次第に心身に異常をきたし、2005年、マンションの8階から飛び降り死亡。享年46でした。
見沢さんとの出会いは新宿某所で行われたとあるサブカル系のイベントで、その少し前に文庫本の『囚人狂時代』を読んでいた私は、それまでの人生で見たことのない人種である見沢さんを前にめちゃくちゃ緊張したのを、まるで昨日のことのようにはっきりと覚えています。
それをきっかけに見沢さんとは手紙のやりとりが始まったのですが、まもなく私は見沢さんに文章の添削をしてもらえるようになりました。
当時見沢さんはその少し前に脳梗塞で倒れていて、明らかに心身ともに下り坂に入ってきていました。
それでもその頃はまだいくつもの雑誌の連載を持っていて、紙媒体の連載どころかデビューすらできていなかった私にとって、書く媒体を多く持つ見沢さんの立場はうらやましい限りでした。
ところが、見沢さんはいつも口癖のように私に言っていたのです。
「エンタメでいくら売れても仕方ない。俺は人を殺しているから、純文学で賞を獲らないとプラマイゼロにならないんだ」
申し訳ないけれど、当時の私にはその意味がまるでわかりませんでした。こんなにあちこちから引っ張りだこの人気作家さんなのにどうして? と思ったのです。
確かに賞を獲るのは良いことだけど、そのために身体まで壊してしまっては意味がないではないかと。
見沢さんは無頼派というのでしょうか、昔気質の作家さんで、多くの作家が執筆をPCに切り替えている中、あくまでも手書きの原稿用紙にこだわり(しかも稀代の悪筆)、太宰、三島、川端と、今からみれば常軌を逸した作家たちにならおうとしていたところがありました。
死ぬときは前のめり、が生前の口癖だったくらいで、人生は太く短く、国士が50過ぎて生きるなんてみっともない、などと常日頃から言っていました。(そして本当にその通りになってしまいました)
でも、これは後年いろんな作家さんを見ていてわかったことですが、ここまで極端に走らなくても賞を獲った作家さんは大勢います。
最初にエンタメから入って文学賞を獲った人なんて山ほどいますし、ましてや今はお笑い芸人さんやタレントさんが芥川賞を獲る時代。
良いものさえ書けばそれまでの経歴などまったく関係ありません。
けれど、私のその声が見沢さんに届くことはありませんでした。
賞フォビア(恐怖症)と私が名付けて見沢さんに笑われたその現象は、ほとんど見沢さんにとっては強迫観念に近いものでした。賞を獲らなければ自分には生きている価値がない、という思い込みは、死に至るまで見沢さんを支配し続けていたようです。
私は今でも思います。
なんで見沢さんは、純粋に文章を書くことを楽しむことができなかったのだろう、と。
私は見沢さんがエンタメモードの時の文章が好きでした。洒脱にして軽妙快活、善も悪も酸いも甘いも、すべて不謹慎すれすれの笑いのオブラートに包んでしまう。
その突き抜けた明るさに、社会の片隅に生きる人たちがどれほど救われたことでしょう。
あるとき私は見沢さんに正面きって聞いたことがあります。
エンタメの文章書いてるときって楽しい? と。
楽しい、と見沢さんは即答しました。でもそのあとにまた言いました。
楽しいだけじゃ文学はできない、あれは身を削って書いてナンボ、そうしないと人の心を鷲掴みにする文章なんで書けないんだ、と。
私は、作家の自死の多くは事故だと個人的には思っています。
ギリギリのところまでいかないと手にいれられないものはある。
見沢さんは常々そう言っていましたし、それはその通りだと思います。芸術の世界のことはよくわかりませんが、世の中にはそこまでしないと行けない高みがあることも知っています。
けれど、そのたびに胸のどこかに痛みが残るのです。
なんであんなに真面目に頑張っていた見沢さんが、死ななければならなかったのかと。
俺みたいなのが生きてるうちはまだこの社会も大丈夫なんだ、と生前見沢さんは笑いながら冗談めかして言っていましたが、その見沢さんが自ら命を断ってから今日で19年になります。
今日、そういえば命日だった、と思い立ってお墓参りに行ってきたのですが、午後になるのに他に誰も来た形跡のないお墓の前で、花を手向けて手を合わせているときに私はふと思いました。
見沢さんは、もっと楽な方へ逃げても良かったんじゃなかろうか。
もっと適当に、あいまいに、純文学がダメだとわかればてらいなく一時撤退、そしてほとぼりが冷めた頃にまたしれっと文壇に戻ってくる。
そういう図太さ、したたかさが、もっとあっても良かったんじゃないか。
これは私が見沢さんの亡くなった歳を過ぎて初めて見えてきたことです。
ひとつのことをいっしんに磨き、生涯かけて鍛錬する。
それは確かに素晴らしいことです。そんな風に人生を送ることができたらどんなに誇らしいことでしょう。
だけど、大抵の人間はそうはいきません。
ほとんどの人はなにかに挫折し、軌道変更をしながら生きてます。
私もそのひとりです。
長い間、ひとすじになれないことがコンプレックスになってきました。今もそうです。
今こうして文章を書いていても、おまえはなんでもっとひとつのことに真剣になれないんだ、という心の声が聞こえてきます。
でも年をとるにつれて、その声に愚直に従うことは命とりだと思うようにもなりました。
ひとつのことにいっしんになれる人の大半は、恵まれた人たちです。
才能や環境に恵まれた、そうすることを許された人たちです。
もちろん、異論はあると思うのですが、少なくとも見沢さんは環境に恵まれていたら、あのような最後を迎えることはなかったんじゃないかと思います。
青春期の大半を独居房の中で過ごし、出所してからも急に入ってきた大金の使い方がわからず、暮らしに困っても作家・見沢知廉であることを決して捨てようとはせず、職業を離れたひとりの人間としての逃げ道を作らなかった。
どうして、もっと楽に、ひとりの煩悩深い兄ちゃんとして、楽しく生きられなかったんだろう。
私もかつては賞を獲り、ベストセラーを出さなければ一人前の社会人にはなれないと思い込んでいました。
でも今は、そうなったらいいなとは思うけれど、もはやマストではありません。
「ねばならぬ」の危険性は見沢さんを見て学びました。自分のアイデンティティと職業を同一化してしまうことの危うさも。
なぜなら、これはうまくいっているときはいいですが、需要がなくなったら終わりだからです。
でもそういうとき、職業をはなれたひとりの人間として受け入れられるコミュニティをあらかじめいくつも作っておけば、仕事で挫折した時もそこまで自分を追い込まずに済みます。
私は紆余曲折の結果、その道を選びました。
書くことは軸にありますが、その他にも興味のあることは片っ端からなんでもやります。
不慣れな分野で要領を得ず、お前は邪魔だと年若の人に乱暴に突き飛ばされてもです。
そんな私を人は器用貧乏と呼ぶのかもしれませんが、そう言われても構わない。追い詰められて命を取られるよりはよっぽどましだと思います。
それが、私が19年前、師匠の訃報を聞いたときに学んだことです。
ただ、それでも。
私の家にはGIジョーの零戦版フィギュアという、おそらくマニアにとっては垂涎もののお宝に違いない人形が置いてあります。
それはいつだったか、見沢さんが「いつも世話になっているから」と嬉しそうに私にくれたものです。
この、インテリアとしてはことごとくどの部屋にもマッチせず、仕方なく納戸の棚の上に置いたまま何度もの引っ越しについてきているこの人形を、
表情の読めない顔をして凛と立ってるこの人形を、
私は未だに、捨てることも、売ることもできずにいるのです。
のの
中学生の時みたいに、♯〇〇好きさんと繋がりたい、とかじゃないよね?笑笑笑

なます
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臼井優
国立大学法学部卒 法律系国家資格3種保有 就職氷河期世代 元僧侶 趣味・特技 サッカー、バスケ、ボクシング、テコンドー、茶道、書道、華道、サックス、ドラム、読書、カフェ巡り、音楽鑑賞、ストレッチ、筋膜リリース、他人のデートコースを考えること 家庭教師、予備校講師、各大学でのエクステンション講座担当 担当科目・領域 小~高、文系科目全て、公務員試験全領域、面接、ES添削、マナー、論文添削等々
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しゃべる(♂)
infp 仲介者⇒enfp 運動家
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エントロピー
色んな架空や仮想を操ります
この世は実は「仮」の方が生きやすくてね
現実は犬も食わぬなのかなーって
メタバースやシンギュラリティに凸して、早くと思いつつ純粋な人間性だけは現実で生きにくいので、そうしてるてのはあるねこの世は安らぎが必要
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のの
言いたいことを呟くだけ
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mimi
jk.16
誰でもいいよん
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