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上条とんま

上条とんま

イスラーム法:シャリーア
イスラームの礼拝堂:モスク
メッカにあるイスラームの聖域:カーバ神殿
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たまかしわ〜

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イスラーム詩の重要ワード「酒」「蛾」
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いつかのポップコーン

いつかのポップコーン

イスラムとイスラームの表記揺れ問題…
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きのこ

きのこ

イケメン過ぎて国から追放されるやつwイケメン過ぎて国から追放されるやつw

回答数 3>>

たしか、イスラームであった様な?
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manacuba

manacuba

支配者はイスラームの消滅に失敗した。911もイスラム国もイスラームを消滅させるに至らなかった。そこで、移民のような形で世界や日本に送り出した。遠く離れた地で、イスラームへの消滅運動は始まろうとしている。イスラームよ、祖国を離れるな。
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たまかしわ〜

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サウジはワッハーブ派のイスラーム体制ではあるが、ムスリム同胞団のイスラーム主義はイスラーム式共和制なのでサウジとイスラーム主義は相性が悪い
なのでイランとサウジはスンニ派とシーア派の対立、アラブ人とペルシャ人の対立、体制の対立という何層もある対立関係がある。
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二重否定くん

二重否定くん

イスラーム世界に天使っているんすか?
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たまかしわ〜

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イラン革命とは、民族主義者の右派や社会主義者の左派も参加していたが、ホメイニ師率いるイスラーム主義者が右派左派を粛清し、イスラーム主義体制を確立させてイラン・イスラーム革命となったのだ
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かっちゃん

かっちゃん

『イスラームが動かした中国史』を読了しました
 中国史の中のイスラム教徒がどのような役割を果たしたかよくわかった
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たまかしわ〜

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ムスリム同胞団のイスラーム主義、明治の維新思想、清末の改革思想の面白いところは西欧の転用ではなく、西洋の思想を自分たち古来の考え方に改良し、自分たちの正統な体制へと位置づけようとしたところです。
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たまかしわ〜

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アラブの春でもそうだけど、一応世俗主義の独裁に対する反抗の象徴としてイスラーム主義という一面はあると思う。
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たまかしわ〜

たまかしわ〜

イランのイスラーム革命ってイスラーム主義者が起こしたものではなく、民族主義者、社会主義者など左右関係なく革命に参加していて、帝室を追放したあとの権力闘争でイスラーム主義が権力の座に勝ち取った形なんよね。
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たまかしわ〜

たまかしわ〜

パフラヴィー朝イラン、上流階級しか利益を得ておらず中流階級以下は経済的に苦しんでいた→だから革命が起きた

イスラーム体制イラン、支配者層しか利益を得ておらず中流階級以下は経済的に苦しんでいる→どうなるのか
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たまかしわ〜

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米国傀儡として帝室についたパフラヴィー朝が、また米国傀儡になろうとしてて失笑
イランのイスラーム体制は崩壊してもいいんですけどね。
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臼井優

臼井優

戦いの結果と歴史的意義
唐の敗北と勢力後退: 唐軍は敗れ、中央アジアにおける支配力が後退しました。

イスラーム化の進展: この戦いを境に、中央アジアのイスラーム化が加速しました。

製紙法の伝来: アッバース朝が勝利し、捕虜となった唐の兵士の中にいた紙職人たちから、中国の重要な技術である製紙法がイスラーム世界に伝わるきっかけとなりました。

この戦いは、単なる軍事衝突にとどまらず、東西の文化交流の転換点となった重要な出来事です。
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臼井優

臼井優

世界史の戦い
 タラス河畔の戦い(751年)は、中央アジアの支配権をめぐり、唐とアッバース朝が激突した戦いで、唐の高仙芝がタシュケント(石国)の王を虐待したことが直接的な引き金となり、
 現地の王子の要請を受けたアッバース朝が援軍を送ったことで起こりました。
 この戦いで唐は敗れ、中央アジアのイスラーム化が進み、捕虜となった唐の紙職人から製紙法がイスラーム世界に伝播したことが世界史的に重要です。

なぜ戦いが起こったのか(背景と原因)
東西勢力の衝突: 当時の唐は中央アジアへの影響力拡大を目指し、一方、ウマイヤ朝から権力を継いだアッバース朝も勢力を広げており、両国の勢力圏が衝突する形となりました。

現地の争いへの介入: 唐の安西節度使・高仙芝が、タシュケント(石国)の王子を捕らえて虐待し、その王子がアッバース朝(ホラーサーン総督アブー・ムスリム配下)に救援を求めたことが、直接的な開戦理由です。

領土拡大: アッバース朝は領土拡大を目指しており、タラス川流域は陸のシルクロードの要衝であり、その支配を巡る争いでもありました。
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