モーセ五書における「隣人を愛せよ」の源流「汝の隣人を愛せよ」という言葉は、モーセ五書(トーラー)の中でも特にレビ記19章18節に登場します。「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。わたしは主である」(レビ記19:18)この一文は、単なる道徳的勧告ではなく、神の命令として語られています。ここでの「隣人」は、同胞イスラエル人を指すとされてきましたが、同章34節では「寄留者」についても同様の愛を求めています。「あなたがたと共にいる寄留者を、自国人のように思い、彼を自分自身のように愛しなさい」(レビ記19:34)つまり、隣人とは血縁や民族に限らず、共に生きるすべての人々を含むのです。---隣人愛の具体例:モーセ五書に見る実践モーセ五書には、隣人愛の精神を体現する具体的な規定が多数見られます。• 落穂拾いの規定(レビ記19:9–10)畑の収穫時、落ちた穂やぶどうの取り残しを貧しい者や寄留者のために残すよう命じられています。これは、社会的弱者への配慮という隣人愛の実践です。• 敵の家畜を助ける(出エジプト記23:4–5)「あなたの敵の牛やろばが道に迷っているのを見たら、それを必ず彼のもとに連れ帰らなければならない」。敵であっても、その所有物を助けることが求められています。• 正義の実践(申命記24:17–22)寄留者、孤児、寡婦に対する公正な扱いが命じられています。これもまた、隣人を自分のように愛することの具体的な形です。---隣人愛の広がりと現代への示唆イエスはこのレビ記の教えを引用し、「神を愛し、隣人を愛すること」が律法全体の要約であると語りました(マタイ22:37–40)。また、「良きサマリヤ人のたとえ」(ルカ10章)では、敵対関係にあったサマリヤ人が真の隣人として描かれ、隣人愛の範囲が民族や宗教を超えることが示されます。モーセ五書の隣人愛は、単なる感情ではなく、具体的な行動を伴う倫理的実践です。現代においても、他者の尊厳を認め、弱者を顧みる姿勢は、社会の健全性を支える基盤となります。---#隣人愛の実践 #レビ記19章18節 #モーセ五書の倫理