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あさ
「分かれ道は、後ろにある」
昼と夕方のあいだ。
街が少しだけ力を抜く時間。
空車のまま、
川沿いを流す。
ラジオから、
まほろばが流れた。
さだまさしの声は、
ハンドルを握る手よりも、少し昔に触れる。
遠い恋を思い出す。
会えば、
よく笑った。
でも、
暮らしの話になると、
二人とも言葉が減った。
自分は、
遠い明日ばかりを見ていた。
どこか別の場所。
まだ見ぬ生活。
あの人は、
足元のことばかり気にしていた。
今日の天気。
今月の支払い。
結局、
何も言わないまま、
別れ道に立っていた。
歌の中で、
言葉が落ちてくる。
結ぶ手と手の 虚ろさに
黙り黙った 分かれ道
それを聞いて、
少しだけ息を吐く。
あれは、
失敗じゃなかった。
ただ、
違う方向を
ちゃんと選んだだけだ。
信号が青になる。
ハンドルを切る。
過去は、
もう追いかけない。
でも、
振り切ったわけでもない。
今日も、
この街を走っている。
それで、
いい。
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あさ
「宛て名のない時間」
朝は、
自然に目が覚める。
昔は、
一日が始まるだけで、
不安になった。
今は、
順番通りに動ける。
洗濯物を干し、
湯を沸かし、
ラジオをつける。
流れてきたのは、
同じ歌だった。
遠い明日しか見えない僕と
足元のぬかるみを
気に病む君と
思わず、
手が止まる。
あの人は、
いつも先を見ていた。
私は、
今を守ろうとしていた。
どちらも、
間違いじゃなかった。
ただ、
同じ地図を
見ていなかっただけだ。
例えば君は待つと
黒髪に霜のふる迄
待てると云ったが
待つと言ったのは、
嘘じゃない。
でも、
宛て名のない手紙を
書き続けることは、
人生じゃないと
今は分かる。
出かける準備をする。
足元は、
もうぬかるんでいない。
まほろばは、
帰る場所じゃない。
でも、
一度立った場所として、
今の私を支えている
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