#重度ASD #生活介護 8月も今日で終わりですね。今年は初めて8月から娘の生活介護の#通所施設 は職員不足の為に利用制限がかかることになり、9月も体勢が整うまでは制限継続となりました[眠い]8月はとりあえず週2日だけ行く予定だったのですが、お盆期間中は人員確保が難しいということで9日連続で休むことになりました。その間自宅ではとても穏やかに過ごしてたのに、それが明けてじゃあ、という日にめちゃくちゃ浮かない顔をしてたのでなぜか聞いたら「行きたくない」との事。「ママはいいように聞いてるかもしれないけど、そんなにいい場所じゃない」「長い休みになる前位に雰囲気が変わった」と言ってました[びっくり]施設は元々人手不足だったのに更に手が足りないとなったらそういう事もあるだろう、家にいた方がいいんだったらそれでもいいわと無期限で休むことにしたのですが。10日前に髪を結ぼうと娘を座らせて後ろから見たら、肩にやけどのような痕を見つけてびっくりしました[目が回る]本人は「熱いって思ったことがあったけど、いつか覚えてない。ごはんの時だったかもしれない」と言っていたので、すぐ写真を撮って施設長に送り、一応職員さんにもそうしたことがなかったか確認お願いします、と言ったのですが。「こちらに来られた8日は熱いものを作るような調理はありませんでしたし、職員も特に心当たりがないと言ってます」と連絡があったのみでした。これが本当に火傷なのかどうか皮膚科で診察してもらおうかとも思ったのですが、小さい傷だしどこの皮膚科も何時間も待たなければならないようなので断念[眠い]治りかけても痒くなってひっかいてしまい、まだ治りきっていません。家の中で肩に火傷を負うような場面は見当たらないし、並行に2本あるのも一体どういう状況でそうなったのかわかりません。ただ施設長は本人の状態について心配するような気配は全く見せませんでした。そこに少し違和感はありましたし、もしかしたらってことは考えないのかなという点で管理者として不信感も感じました。一昨日はその施設長と本人のモニタリング記録と本社への報告の為面談したのですが、一応どう思っているか娘に聞いたら「(幼子のように)あやされているのは嫌。もう行くなんてまっぴらごめん」という返事でした[大泣き]娘が行ける施設は市内では他にないし、真っ向から敵対することにメリットはないと思ってそれなりに応えておきましたが、(幼児扱いしてしまっている点については一応反省してくれました)もし本当に悪意を持って火傷を負わされたか、或いは事故的なものだったけど報告されてなかった、ということだったら大変です。コーディネートしてくれた事業所にも連絡入れようと思ったのですが、ここがまた仕事をしない、、、[怒る]メール入れても返答なし、電話いれたら留守電でCB無しで本当に使えない[しんどい]この施設が始まった時は職員:利用者は2:1くらいで毎日違うレクがあり、とても充実していたので本人も行くのが楽しいと言ってたのですが、当初から数か月に一度に一人くらいが辞めて入れ替わる感じでした。当時の施設長は元認知症患者専門の看護師でとても信頼できると思っていたのですが、3年くらい前突然欠勤するようになり、新しい施設長という人がきました。更にその人と社長が二人で突然前触れなく自宅に訪問し、何かと思ったら施設内で”不適切な対応があった、でも詳細は明らかにできない”、と言われて愕然としました[びっくり][びっくり][びっくり]では一体何の謝罪?って感じですよね[怒る]後で今の施設長に聞いたら、私が信頼していた最初の施設長は外には知られてなかったけど中では暴言があって、そういう態度が他の職員にも波及して不適切な対応があったのだということでした。信頼していただけにそれはショックでした。改めて中が見えない、利用者である本人も言えないという状況だと、何があっても全く外にはわからないブラックボックスなんだなと思いました。そういう過去があっての今です。昨日は今後どうされますか?と聞かれましたが、まずは職員さんの人数が足りるようになってからの話と言っておきました。それも面接を何人かしたけどまだ決定してないという話だったので、まだまだ娘の休みは続きそうです。24時間テレビで星野真里の娘さんが友達と念願のお出かけを楽しむという企画があったとネットに出ていましたが、大人になった障害者の暮らしはやはり中々難しいなと思います。れいわで議員されてた舩後さんはALS発症後一人暮らししていて訪問介護者から虐待を受けたことがあったそうです。彼の場合は自分の意思を特殊な器具を利用して表出することができますが、それでも自分で声を即座にあげることができないというのこと、体が自由に動かせないということが悪意の矛先になったのかと思います。自分の意思を表出できない重度の障害者が少しでも楽しい時間を過ごすにはどういう事が必要で、どこまで実現可能なのかぼんやりと考えながら時間だけが過ぎてしまって、もう明日は9月です[疑っている]