『すみれそよぐ』神野紗希先日読み始めたばかりの句集。心に残る一句を選ぶにはもう少しじっくり繰り返し読み込みたいので...「表現の引き出しが多彩」という点が読んでいてとても楽しかったという、まずはちょっとそこに触れてみたいと思います。とりあえず今回のテーマ「重ねる・並べる形」一句水脈も葉脈も春てのひらも「AもBも」と並列しておいて「Cである」と結ぶ、対比・類比のかたちは定番の表現。そこへもうひとつ「Dも」とねじ込んできています。流れる川も、葉に走る葉脈も、暖かな春に包まれている。そして私の手のひらも。最後に付け足された「てのひら」が技あり。こうやって自分の体というものを結びに持ってくることで、春の訪れを自身の肌感覚・身体感覚に落とし込み、より実感を強める効果を発揮しています。そして一句の中に並んだ3つそれぞれに「水の流れる道」という共通項が浮かび上がります。手のひらもまた、その内側に血潮の流れる血管を巡らせているのです。地球と植物と人間。共に命を持つものとして繋がっているという気付きもまた、春という季節の大きな喜びになっています。二句摘む駆ける吹く寝転がる水温む次は動詞だけを終止形でずーっと重ねてゆく句形。一瞬「切れはどこ?」となりますが...「摘む駆ける吹く寝転がる」自分自身の動作で構成されている一連のシーン。ここで一旦、切れ。ちゃんと春の野原で綿毛のたんぽぽを摘んでぷーっと吹いて遊んでいる様子になってて、単なる動詞の羅列ではなく、しっかり情景描写なんですよね。動詞2つずつのペアで上五・中七になっていて、リズム感もあります。そしてごろんと寝転がったところで、麗らか空を仰ぐような気持ちで間をとると、いっそう心地よい。最後に「水温む」と季語を添える。ここではじめて「水」と名詞が入るんですが、「温む」と動詞が付いていることで終始一貫したかたちを崩しません。暖かさを伴ったささやかな季語である点も、日常と接した軽い感動を描くのに、ちょうどいいバランス感だなぁと思います。三句指・睫毛・吐息・耳朶・ラ・フランスこっちは全部名詞。前半は自身の身体の一部(吐息は口元・唇を想起する、間接的な身体性)を超クローズアップで切り取っています。中点で区切って置いていくことでフェードイン&アウトを挟んだ短かいカットの連続のような映像が浮かびます。そしてすぐ後に続くラ・フランス。やっぱり切れは被写体が切替わるここかな?とも思いますが、もはや切れなんてどうでもいいぐらい分散的なイメージの連続だけがあります。「私」と「ラ・フランス」の響き合い・関係性もけっこう曖昧で、そうした面から見ても明確な切れは示されていません。単語ひとつづつを中点で区切るという手法の中に、ラ・フランスという一個の名詞の中に含まれる中点も紛れていて、そこにはちょっとした可笑しみもあります。やはり遊びや実験的要素の強い一句なんだと思います。四句楽観的蜜柑と思索的林檎前後対象形に整えられた、対比の構造。それぞれの果物に対してイメージを当てがっています。そしてその表現には作者の主観を超えて、客観的に見ても頷けるような確かさがあります。手で皮を剥ける気軽さから、炬燵でぬくぬく団欒を楽しむのにうってつけな蜜柑に、「楽観的」という表現はぴったり。対する林檎はというと...絵画や詩の中によく描かれるモチーフだし、アダムとイブが食べた知恵の実を林檎とする説、ニュートンの林檎など、歴史上の逸話にも彩られています。そうした含蓄ある背景からも、「思索的」との表現はしっくり来る。オリジナリティーがありつつも共感の上に成り立つことが、俳句における優れた比喩の条件です。「ウザいオレンジ」のキャラクター設定と近いのも、そんな普遍的なイメージが根源にあるからではないでしょうか笑#俳句 #すみれそよぐ #神野紗希 #表現技法