不機嫌を撒き散らし、誰かに当たり、文句を連ねる。あるいは、丁寧な言葉をまとって物申す人もいる。敬語で飾れば許される、そんな空気。「非常識だ」と断じる声は、人の領域に無遠慮に踏み込むだけなのに。なぜそこまでして言うのだろう。仲良くしたいから?――そうは見えない。正しさを示し、安心を得るための所作に見える。人は人。私は、合わなければそっと離れる。経験が教えてくれた“最終ヒステリック”の結末を知っているから。「冷たい」と言われることがある。けれど私には、ただ在ればいいと願う気持ちしかない。痛みはあっても、「その言い方はひどい」とは言わない。なのに、なぜ「冷たいね」と伝えてくるのか。それが不思議で仕方ない。そんな時、私を抱きとめるのは草枕だ。百年を越えて届く静かな声。一人で旅する風景の中に、ひとりではない気配を見つける。誰かの常識に、誰かの苦言に疲れて、私は宇宙人なのかもしれないと心細くなるとき……草枕は私を静かに抱いてくれる。一一一「草枕」山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出來る。 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向ふ三軒兩隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す國はあるまい。あれば人でなしの國へ行くばかりだ。人でなしの國は人の世よりもなお住みにくかろう。 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人といふ天職が出來て、ここに画家といふ使命が降る。あらゆる藝術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。──夏目漱石『草枕』#草枕とともに#宇宙人の心細さ#残響するフレーズたち#心に響く言葉#ことばりうむの星