他人が困っているのを見てどう行動を起こせるか鎌倉時代の初期は源頼朝亡きあと政情は激しくゆれ動いていた大災害は各地に起こり人々は神仏の怒りにふれたのではないかと恐れおののいていた大飢饉の災難をまともに受けたひとりの貧人が 建仁寺の門をくぐって栄西を訪ねてきた"わが家は貧しくて 食事も数日しておりません 夫婦息子の3人は餓死寸前です どうかお慈悲をもちまして お救いください "この訴えを聞いて栄西は房中を見まわしたが衣食財物等はどこにもなかった薬師の像をつくるために銅板を打ちのばしたものが少々あるだけではないか"これをもっていって 食物にかえて 飢えを塞いでください "貧しい人は喜んで銅の束をいただいて家路へ急ぐのであったこれを見ていた弟子たちは驚いき栄西に詰めよった"我々も数日 何も食べていない 光背の銅板は仏像をつくるための 仏物である これを俗人に与えて 仏罰はあたらないものなのか"栄西は平然として答えた"私はこの罪で悪趣に堕しても 衆生の飢えを救うつもりだ "貪る心が少しでも出てくると人格が汚れるような気がする相手の困っているのを見て愛の行動が起こせないようでは人間として生きているとはいえない内に慈悲心をみなぎらせ他人の困っているのを救える人間になりたい#赤根祥道#自己修養のすすめ