オヤジ❷42歳の与太話僕の親父は、42年間見てきた中で怒った姿を数えるほどしか知らない。視覚障害を持つ親父は、「自分は周りに迷惑をかけて生きている」と、誰に対しても、そして何に対しても、常に腰を低くして生きてきた人だった。ある日、近所のおばちゃんが実家に遊びに来て、無造作にこう言った。「よかねぇ、働かんでん(働かなくても)お金の入ってくるっちゃろ?」障害者年金のことを指して放たれた、あまりに無知で残酷な言葉だった。その時、いつも穏やかな親父が、初めて感情を爆発させた。「なんが良かと(何が良いんだ)!」「俺は目が見えんせいで、子供たちをいろんな所に連れて行ってやることもできん。孫が生まれても、触れることはできても、顔を見ることはできん。その苦しみと悔しさが、あんたにわかるとかい!」それは怒りというよりも、心の奥底に何十年も閉じ込めてきた「父としての悔しさ」が溢れ出した瞬間だった。僕はその時、初めて親父の弱音を聞いた。僕ら5人姉妹兄弟は、親父にどこかへ連れて行ってほしいなんて不満を抱いたことは一度もなかった。確かに裕福ではなかったけれど、家の中にはいつも笑い声が絶えなかったから。「うちは貧乏なんだ」と気づく隙さえないほど、僕らは幸せだったのだ。親父。あなたは「何もしてやれん」と泣いたけど、僕らにとって、あなたの存在そのものがどれだけの支えだったか。次回はオカンの話しでもするかね。#父の怒り #昔ばなし #ホントウの豊かさ #親の心子知らず #働けど働けど我が暮らし楽にならず