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general
引き際というものがある
せっかく
いい結果を残してきていても
引き際が見苦しいと
その印象だけが残って、
後々の幸運を逃すことになる
そればかりか
それまで残してきた成果も
疑われかねない
とはいえ
身を引くという行為は
勇気のいることだろう
いつ引くのかという
タイミングをはかるのも難しい
そうしているうちに
何やかやと理由をつけて
その場に居座ろうとしてしまう
だが周囲の人は
そんなところまで慮ってくれない
いつまでも意地汚く頑張って
いるように取られ
非常に見苦しく思われる
とくに日本は
引き際の美しさに深く感銘を
受けるお国柄であるように思う
引き際の美しさとは
単にその場を去ることではなく
自らの敗北や限界を潔く
受け入れる姿勢にも通じている
負けたりダメだとわかったなら
潔くそれを認め 敗者らしく
堂々としていればいい
十分に戦ったのなら
自分を卑下することはない
これが英語で言うところの
グッドルーザー
つまり負けても怒ったり
しょげたりせず潔く引く人に
なれという思想である
昔から勝敗は時の運というように
勝つときもあれば負けるときもある
だから負けたからといって
相手を憎むのはナンセンスである
負けたのなら潔く負けを認めて
降参すればいいだけのことなのだ
#渡部昇一
#人生の手引き書

general
彼にはモットーがあった
"うんと稼ぎ
うんと貯め
うんと寄付せよ"
という言葉で表現される
これが彼の一生を貫いた
モットーであったから
月給25円のころから月々
キチンと貯金をし
同時に毎週2銭ずつ教会に
寄付することを忘れなかった
彼は一生で
昭和8年の貨幣価値で50億稼ぎ
そのうちの30億円を寄付し
財産は20億円ぐらい
あったといわれている
貯めたお金よりも寄付した
お金のほうが多かったのである
石油業を始めて間もないころ
屋根葺き職人の若い兄弟が
ロックフェラーの
石油タンクの屋根をつくった
そのときその代金の
支払方法でロックフェラーは
兄弟に一つの提案をした
"現金ではスグになくなって
しまうから 同じ額面の
石油会社の株をあげよう "
しかし職人の兄弟は
現金が欲しかったから
この申し出を断った
しかしロックフェラーは
真剣に真面目に兄弟に説いた
"金は儲けたらすぐ貯めることを
考えなきゃ駄目ですよ
殖やさなければ
減るのが金の性質なんですよ"
あまりにしつこく説くので
兄のジョンは渋々
株を受け取ることを承知した
しかし弟のハッフは口論ののち
頑張り通して現金を受け取った
それから20年が過ぎた…
現金を受け取った弟のハッフは
いつまでたっても昔のまま
屋根職人であったが
兄のジョンは
すでに百万長者になっていた
お金とは実に不思議なもの
同じ年に入社した社員が
同じように給料を受けていても
10年 20年と時間が経過すると
ある人は家を建てているし
ある人は貯金もなくて
いつもピーピーしている
結局のところ
ロックフェラーの言うとおり
お金というものは
黙って何もしないでいれば
減っていくのがその性質だ
殖やそうとしなければ
減るものなのである
この教えを
知ると知らないとでは
その人の人生は大きく
姿を変えることになるだろう
貴重な教えとして
耳を傾けたいものである
#渡部昇一

general
絶えず本を読むことです
人生について書かれたものや
成功譚というのは
やはりその人の
長い人生での経験がつまって
いるものですから
それらに接している人は
やはり他の人とは違ってくる
それは立身出世主義だとか
また お説教じみているとか
道徳臭いとか何とか…
悪口をいう人はいっぱいいる
だけど
心掛けてそういったものを
読み続けた人はやはり
何かの時には強いと思います
また読書は最高の平等論者です
福澤諭吉の学問のすすめでは
"天は人の上に人をつくらず
人の下に人をつくらず"
と言ったあと
"しかし差はある
それは学問があるかないかだ "
ということを述べています
その差を埋めるのが本です
どんなに貧乏な家に生まれ
僻地で育とうと
読書の質が変わらなければ
一向に引け目を感じることはない
ということを実感しました
#渡部昇一


general
歴史を学ぶと
皇室は神代から真っ直ぐ
続いていることがわかる
それを中心として日本人は
この島に住んでいたから
皇室からいろんな
家が分け出でた
したがって源氏も平家も
みんなルーツは皇室に
つながります
そうすると
日本人全員が親類であり
その総本家が皇室なんだ
という見方ができるわけです
このように日本の本質は
神代から絶えることのない
系統を中心とした国である
ということなんです
しかも そういう形で
残っている国は
世界に1つもない
これは子供たちの
誇りになると思います
ぜひ教えたいことです
#渡部昇一

general
ふとしたきっかけで
"音楽界は今 大きな
曲がり角にさしかかっている"
と言うラジオ放送を
耳にしたことがある
そのときはなんとなく
聞き流しましたが
それから30年あまり後…
またラジオで 音楽界は大きな
曲がり角にさしかかっていると
言うのを聞いた
そうすると30年もの間
音楽界は常に曲がり角に
あったということである
屁理屈だと
思うかもしれないが
これはある意味
時代というものの核心を
突いていると思う
おそらく直線の時代の末に
曲がり角に差し掛かっている
ということではない
時代は常に曲がっているのだ
"高度経済成長
"オイルショック
"バブル経済 崩壊
"平成不況…
これまでの
曲がり角を振り返ってみると
直線の時期など
皆無に等しいのではないか
そしてそれはかならずしも
マイナス要素ではない
曲がり方によっては大きく
躍進できることもあるのだ
何ら惑わされることはない
時代はいつも曲がり続けている
いたずらに変化を恐れても
仕方のないことだ
どっしり構えて適応する力を
養い続けていればいいのである
時代は今 大きな変化の時を
迎えている 今まさに歴史に
残る変革の時代
日本は既に大きな変革の
真っ只中にいる…
これらはネット上にあふれる
論文や新聞の記事の見出しだ
30年も前から同じような記事が
繰り返し出ている
時代はいつだって
変革にさらされているし
変化に乗り遅れたら倒れる
だからこそ常に
進化しない限り必ず衰退する
#渡部昇一

general
大きな農家を営む人がいた
治郎右衛門は情け深い人で
雇い人たちに対しても常に
労わりの気持ちを忘れなかった
当時としては
珍しく優しい人であり
皆が働いてくれるから私たちが
楽に暮らしていけるのだといって
心から雇い人に感謝していた
そしてときどき他所の家から
貰い物があると まず第一に
雇い人に分けてやった
こういう人だから 雇い人たちも
一生懸命に働いていた
この治郎右衛門は真宗の信者であり
近所の寺で説教があるときは
いつも雇い人たちに
仕事を休ませて聞かせにやった
"早く仕事を仕舞って
説教を聞きに行きなさい
よく話を聞いてどういうことを
聞かせてくださったのか
帰ってきたら私に聞かせてほしい"
そういって賽銭にしなさいと
小遣いを与えるのが常だった
説教を聞きに行った雇い人たちは
帰ってから主人に説教の内容を
話さなければならないから
うっかりしているわけにはいかない
自然と気を入れて説教を聞く
初めのうちは面白くなくても
何度も聞くようになると
知らず知らず身についてくる
こうして雇い人たちの
精神教育もできて中には立派な
信者になる者もあった
世間から相手にされない不良でも
この治郎右衛門の家に奉公すると
いつの間にか
真人間にされてしまうのであった
これは江戸時代の話だが
今でいえば会社が社員を
研修に行かせるようなものだろう
その研修に出すときに
内容をあとで聞かせてくれと
社長がいって送り出す
それによって身を入れて話を
聞くようになるというわけである
まさにファインマンテクニック
子供や社員に対する教育に
活用できる話である
#渡部昇一

general
ローマが偉大だったから
ローマを愛したのではない
ローマ人が愛したから
ローマが偉大になったのだ
チェスタトンの言葉だ
私はまず
自分の先祖を愛する立場
先祖に誇りを持つ立場から
日本史を見てみたい
愛と誇りのないところに
どうして自分の主体性を
洞察できるだろうか
#渡部昇一

general
第二の天性がつくられる"
古代ローマの政治家キケロの言葉だ
習慣というものが第二の天性となる
これは習慣の重視をいった言葉である
生まれつきの才能も確かに重要だが
習慣というものによって
新たな才能が開花することがある
ヒルティも 幸福論の中で唱えているが
19世紀頃のヨーロッパや
アメリカの教訓書で一番重んじられた
ことの一つが習慣論であった
習慣こそが人格そのものになる
という考え方が徹底されていたため
当時は若い青年でも早起きし
悪事を働いたり酒を飲み過ぎて
度を外す人は少なかった
その頃の欧米は地球の他の部分より
断然活力があったといえる
勉強もまた一種の習慣である
生まれ持った才能を変えるのは難しい
しかし習慣を変えることで
第二の天性がつくられる
習慣が人間そのものであることを
子供のときから教えたいものである
人間は習慣でできているのだ
#渡部昇一
#ローマの名言一日一言

general
"運"を大切に考えています
運というと 他に依存した
安易で卑俗な態度のように
思われがちですが
露伴の言う運は
そんなものではありません
その逆です
人生における成功者と失敗者を
観察し一つの法則を発見します
露伴は言います
"大きな成功を遂げた人は
失敗を人のせいにするのではなく
自分のせいにするという傾向が強い"
物事が上手くいかなかったり
失敗してしまった時
人のせいにすれば自分は楽です
あいつがこうしなかったから
上手くいかなかったのだ
あれがこうなっていなかったから
失敗したのだ
たしかに
物事をこのように捉えていれば
自分が傷つくことはありません
悪いのは他であり 自分ではない
のだから気楽なものです
だがこういう態度では
物事はそこで終わってしまって
そこから得たり学んだりするものは
何もありません
失敗や不運の因を
自分に引き寄せて捉える人は
辛い思いをするし苦しみもします
しかし同時に
"あれはこうすればよかった"という
反省の思慮を持つことにもなります
それが進歩であり
前進であり向上というものです
失敗や不運を自分に引き寄せて
考えることを続けた人間と
他のせいにして済ますことを
繰り返してきた人間とでは
かなりの確率で運のよさが
だんだん違ってくるのです
露伴はこのことを
運命を引き寄せる二本の紐に
譬えて述べています
一本はザラザラゴツゴツした
針金のような紐でそれを引くと
掌は切れ指は傷つき血が滲みます
それでも引き続けると
大きな運がやってきます
だが手触りが絹のように
心地いい紐を引っ張っていると
引き寄せられてくるのは
不運であるというわけです
幸運不運は気まぐれや
偶然のものではありません
自分のあり方で
引き寄せるものなのです
"失敗をしたら必ず自分のせい"
露伴の説くシンプルな言葉は
人生を後悔しないための
何よりの要訣です
#渡部昇一
#幸田露伴
#致知

general
先後する所を知れば道に近し
物事には
始まり終わりがあるものだ
だからその順序を知ることが
しかるべき道に
近づくことである
英語に
チャリティーズ ビギンズ
アット ホームという諺がある
慈善行為は
家庭に始まるという意味だ
これは 家の中では夫婦喧嘩
子供や親の面倒も見ない人が
外でのボランティアは
頑張る人を揶揄した言葉
つまり本末転倒ということ
これは儒教の
"修身斉家治国平天下"
本末を知ることは
すなわち自分を修めることだ
単に個人的な成長だけでなく
より良い社会を築くための
基盤となる重要な行為である
まず個人が
自己を向上させることで
家庭や社会全体が
より良いものになる
自分の言動を正し
身を修める
同じ人間の集団である
国家も 企業も 家庭も
一人ひとりの人間の心が
修まっているかどうかに
要点があります
#渡部昇一
#大学経一章
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