33歳のとき株に失敗借金だけを残して一文無しになったその当時人生は50年といわれたこのとき彼は人生50年なら"まだ17年もある"と考えた17年しかないとは考えなかったそして17年もあるならしばらく遊ぶのもよかろうと思った遊ぶとはいっても酒色や歌舞音曲の類ではない暮しの些事にとらわれるのは煩わしいと 二年分の家賃を工面して神戸の灘に家を借り受け中国古典の勉強に沈耽したのだ自分は何のために生まれてきたのか何のために事業家になったのかを古典を通して追求したのである危機に遭遇して人生の原理原則に立ち返るこの発想法こそ「電力の鬼」と称された彼の人格を創ったのである#松永安左エ門