舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』 原作/村上春樹 演出・振付/フィリップ・ドゥクフレ村上氏の著書において、物語の原型となる「並行世界」を確立した本作品。 僕が若かりし頃、最初に村上沼にハマったのは、この本からだと思う。高い壁に囲まれた影の無い世界で図書館の夢を読んで暮らす「僕」と、現代東京で情報の暗号化を仕事にする「私」。 ある日、オフィスビルに呼び出された彼は、ビルの地下に広がる空間で極秘の研究を行う博士から仕事の依頼と共に「一角獣の頭蓋骨」をプレゼントされる。 しかし、闇の組織が博士の研究結果を狙い彼を襲撃する。 なんとか逃げ出した彼だが、博士から「このままでは世界が終わる」と告げられる。 壁の中の「僕」と、都会を疾走する「私」はいつしか交じり合い、世界の終わりが近づいて来る…。壁の中で暮らす一角獣たちの生き生きとした姿や、「僕」と「影」との乖離と邂逅。 それらをダンスや光で幻想的に魅せるドゥクフレ・マジック氏の演出は素晴らしかった。博士の娘で秘書役の富田望生さんは、本から飛び出して来たかと思わせるほどにイメージそのもので素晴らしい存在感。ただ、僕の中の主人公のイメージと藤原竜也さんが最後まで一致することは無かった。物事に執着せず、マイペースに自分の生活を愛しながらアイロンをかけてコーヒーを飲む日々。 そんな彼が、誰かのためにトラブルに巻き込まれながら「やれやれ」と達観したかのように受け流す。かっこ良くも、かっこ悪くもない。 面白くもなく、つまらなくもない。 特別でもなく、平凡でもない。きっと、千人の読者が居たら、千人の異なったイメージを抱ているのだろうと思う。ただ、僕の想像の中での「僕」は透明のガラスで出来たコップのような、コットンの無地のシャツのような、「ただの」僕だったんだなぁと気付かされる。残念ながら、華麗な経歴を持つ藤原さんを「ただの」藤原さんとして見ることが出来なかった。素晴らしい役者と、素晴らしい舞台と、素晴らしい演出。 時間にも費用にも値する、素晴らしい舞台だった。もし足りない物が有るとするならば、やれやれ、それはきっと僕の包容力だけかもしれない。#世界の終りとハードボイルドワンダーランド #村上春樹 #東京芸術劇場プレイハウス