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かすみ

かすみ

…君が一人の漁夫として一生を過ごすのがいいのか、一人の芸術家として終身、働くのがいいのか、僕は知らない。それを軽々しく云うのは余りに恐ろしい事だ。それは神から直接君に示されなければならない。僕はその時が君の上に一刻も早く来るのを祈るばかりだ。そして僕は同時に、この地球の上のそこここに君と同じ疑いと悩みとを持って苦しんでいる人々の上に最上の道が開けよかしと祈るものだ。この切なる祈りの心は君の身の上を知るようになってから僕の心の中に殊に激しく強まった。

…ほんとうに地球は生きている。生きて呼吸している。この地球の生まんとする悩み、この地球の胸の中に隠れて生まれ出ようとするものの悩み…それを僕はしみじみと君によって感ずる事が出来る。それは湧き出て躍り上がる強い力の感じを以て僕を涙ぐませる。

…君よ!今は東京の冬も過ぎて、梅が咲き椿が咲くようになった。太陽の生み出す慈愛の光を、地面は胸を張り拡げて吸い込んでいる。春が来るのだ。君よ、春が来るのだ。冬の後には春が来るのだ。君の上にも確かに正しく、力強く、永久の春が微笑めよかし・・・

僕はただそう心から祈る。


『生まれ生づる悩み』
有島武郎

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かすみ

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センティメンタリズム、リアリズム、ロマンティシズム …この三つのイズムはその何れかを抱く人の資質によって決定せられる。

…或る人は過去に現れたもの、若しくは現わるべかりしものに対して愛着を繋ぐ。そして現在をも未来をも能うべくんば過去という基調によって導こうとする。凡ての美しい夢は、経験の結果から生まれ出る。経験そのものからではない。そういう見方によって生きる人はセンティメンタリストだ。

…また或る人は未来に現われるもの、若しくは現れるべきものに対して憧憬を繋ぐ。既に現われ出たもの、今現われつつあるものは、凡て醜く歪んでいる。やむ時なき人の要求を満たし得るものは現われ出ないものの中にのみ潜んでいなければならない。そういう見方によって生きる人はロマンティストだ。

…更にまた或る人は現在に最上の価値をおく。既に現われ終わったものはどれほど優れたものであろうとも、それを現在にも未来にも再現することは出来ない。未来にいかなるよいものが隠されてあろうとも、それは今私達の手の中にはない。現在には過去にあるような美しいものはないかも知れない。また未来に夢見られるような輝かしいものはないかも知れない。然しここには具体的に把握されるべき私達自身がある。全力を尽くしてそれを活きよう。そういう見方によって生きる人はリアリストだ。

『惜しみなく愛は奪う』
有島武郎

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#言葉
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読書術研究家

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一房の葡萄
有島武郎 作

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かすみ

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…私は乗り越え乗り越え、自分の力に押されて押されて、未見の境界へと険難を侵して進む。

そして如何なる生命の脅威にも怯えまいとする。
その時、傷の痛みは或る甘さを味わせる。
しかしこの自己緊張の極点には往々にして恐ろしい自己疑惑が私を待ち設けている。
ついに私は疲れ果てる。私の力がもうこの上には私を動かし得ないと思われるような瞬間が来る。

…私の唯一つの城郭なる私自身が見る見る廃墟の姿を現わすのを見なければならないのは、私の眼前を暗黒にする。

…けれどもそれらの不安や失望が常に私を脅かすにもかかわらず、私には自身を措いてたよるべき何物もない。すべての矛盾と渾沌の中にあっては、私は私自身であろう。

…私を実価以上に値ぶみすることをしまい。  私を実価以下に虐待することもしまい。

…私の価値がいかに低いものであろうとも、私の正しい価値の中にあろうとするそのこと自身は何物かであらねばならぬ。もし、それが何物でもないにしても、その外に私の採るべき態度はないではないか。

…一個の金剛石を持つものは、その宝石の正しい価値においてそれを持とうと願うのだろう。私の私自身は宝玉のように尊いものではないかもしれない。しかし、心持ちにおいては、宝玉を持つ人のそれと少しも変わるところがない。


…私は私のもの。
私のただ一つのもの。
私は私自身を何物にも代え難く愛することから始めねばならない。


『惜しみなく愛は奪う』
有島武郎


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#有島武郎
#自分自身を愛する
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