小2だった娘が食事中、唐突にこんなことを問い始めたことがあった。娘「ねぇ、パパ〜。 ぶどう酒はさぁ、イエス様の血だよね?」私「うん、前に読んであげた聖書のお話(子供向けのリライト)にはそう書いてあったね」(ちなみ、うちの家族は全員クリスチャンではない)娘「グリム童話でさぁ、赤ずきんちゃんは具合の悪いおばあさんにぶどう酒を持って行ってあげたんだよね? 」私「確かに、赤ずきんちゃんのお母さんにワインを持たされたんだったね」娘「それってさぁ、おばあさんにイエス様の血を飲んでもらって、早く元気になってもらおうとしたからなのかなぁ?」私「あぁ、なるほど!そういう意図があるのかもね!持って行ったのは、ただのぶどう酒というよりは、イエス様の血としてのぶどう酒だったのかもしれないね!確かにそれを飲んだら、おばあさんも早く元気になりそう! パパ、全然気づかなかったなぁ〜。えっ、自分で考えたの?」娘「うん」私「よく気付いたね!」娘「読み聞かせが終わって部屋が暗くなった後、お話の内容を色々考えるんだ 」私「えっ、部屋、暗いのに?」娘「うん。パパやママが部屋を出て一人になってから、くら〜い天井を見つめながら考えてる」私「そうだったの〜?お話のことが自分なりに分かって楽しそうだね!」娘「うん、楽しい!」まぁ、娘が言うようにあれは自分なりの解釈なんだろうな。当時のクラスメイトや教師と「『グリム童話』「赤ずきん」におけるぶどう酒(ワイン)の象徴性(シンボリズム)に関して」なんて議論はしてなさそうなので。親が知らない間に、自分の頭を使って、自力で物語を解釈する楽しさを自然と身につけてしまっていたみたいだな。#グリム童話#赤ずきん#岩波少年文庫#暗い部屋で一人#JAM