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アメジスト
読書記録です。
動乱の日本戦国史
桶狭間の戦いから関ヶ原の戦いまで
呉座勇一 著
朝日新書
新書らしい軽快なエンタテインメント性のある文章で面白く読めました。
戦国時代の主要な合戦をとりあげ、従来の通説がどのように形作られてきたか、作話の意図はなんだったのかを分析し、ここ30年ほどでどのように研究が進展したか、論点は何かと紹介されており、研究史の理解にも役に立ちます。
印象的に残ったのはまず、川中島の戦いにおける戦術家上杉謙信と戦略家武田信玄の対比です。戦いそのものは謙信側優勢で決着したものの、戦いが終わったあとが戦略家信玄の真骨頂の発揮で、実際に信州北部を勢力下に入れたのは甲相同盟を結び上杉方に対峙した信玄のほうだったというのはなるほどなと思いました。
桶狭間の迂回奇襲や長篠の三段撃ちというフィクションは信長神話を印象づけるために広まったものだということも納得しました。
ストーリーに酔って、歴史上の英雄を神話化することのワナにハマらないように気をつけないといけませんね。
本書の性格上、先行研究をわかりやすくまとめている章が多いですが、第7章については、「関東惣無事」は豊臣政権の武力介入を望む反北条連合をなだめるためのレトリックだという著者独自の見解は勉強になりました。
大阪の陣においては、家康は実は豊臣を滅ぼさずに臣従させることを目指していたというのは驚きました。
研究の進展によって新たな発見がうまれるというのは面白いです。
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#戦国時代
#合戦
#新説


やんすすすすすすすす
平安時代に藤原の秀郷か宗円が築城
宇都宮の二荒山には宇都宮大明神が鎮座していたでやんすね、だから二荒山の麓に館を築いたでやんすよ!
その後鎌倉時代からは名門宇都宮氏が
安土桃山時代まで530年に及び支配していたでやんすっ!
宇都宮氏は代々文化人であり、万葉集も作っていたでやんす、
戦国時代に入り、宇都宮城は何度か攻められます、代表例として挙げると、関東支配を目論む
後北条氏が七万の軍勢を率いて現在の栃木県全体に進行します、まずは皆川から攻められます、
その後各地の宇都宮方の城は当主が幼いこともあり、離反や寝返りが相次いで発生します、
そして宇都宮氏の有力家臣も寝返り、ピンチに、
でしたが茨城県から福島県の一部を支配していた、佐竹氏の援軍約15000の援軍が来ます、
ですが敵の軍勢は70000流石に差があります、
でしたが宇都宮城は家臣らの必死な抵抗により、見事に北条氏を撤退に追い込みます
でしたがその後各地で戦が起こり宇都宮市の領土は大きく減ってしまいます、
安土桃山時代には、宇都宮仕置により宇都宮氏当主国綱は改易処分が降りその後は佐竹氏の与力になります、佐竹氏が秋田入封時に宇都宮国綱はお家復活を目論みましたが、江戸の石浜で病死してしまいます、
僕は宇都宮国綱が好きなのでこの流れが悲しくなります、宇都宮氏は政治がうまく四公六民で治めていた北条氏並みの政治力、それに文化がすごい所、尊敬しかありません、清明台門を復元する取り組みが出てきています、復元には中々時間はかかると思うけど、1円でも募金していただけると幸いです!#宇都宮城 #戦国時代#日本の城










小國(おぐに)
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#歴史


小國(おぐに)
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マサ虎







アメジスト
読書しました。
足利将軍たちの戦国乱世
応仁の乱後、七代の奮闘
山田康弘 著
中公新書
あまり知らなかった室町幕府後半の将軍たちの生き様がよくわかりました。
8代義政が東山殿の造営のために金がいるから最期まで権力に執着したことは初めて知りました。
10代義稙vs11代義澄の仁義なき抗争、細川政元の権勢と暗殺、細川澄元と高国の抗争と12代義晴と堺公方義維(よしつな)の抗争、義晴と細川晴元の複雑怪奇な関係性などがよくわかりました。
将軍は軍事・警察力については有力大名を頼りにしながらも、裁判の主宰をやっていて統治機構としての実態はあり、全国の大名から主君として仰がれているという実態はあったというのが分かりました。
戦国乱世とはいっても決して無秩序ではなかったし、一方的な抗争ばかりではなく、協調もはかられていて、将軍が仲介役を担った面もあったようです。
著者の幅広い史料研究による見識の深さに加えて、ストーリーテラーとしての力量も感じました。
戦国時代の室町幕府について知ることができる一冊です。
#読書
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#戦国時代
#室町幕府
#足利将軍

はいじ
小牧山城のボランティアガイドのおっちゃんが
熱く素晴らしいお城と語っていた苗木城に行ってみました😊
苗木城?聞いたことないなと思いながらも
熱く語るので、なんの情報もなしに行ったら
結論、おすすめ!
写真では素晴らしさが表現できてませんけど
城壁の作りが、素晴らしい。
天然の巨石を利用して城壁を作り上げていて
昔の人は凄いなと思います。
天守のやぐらからは360度見渡せる天空の城です。
ハイキングと歴史好きならおすすめですよ😊
秋には中津川の栗買って帰るの良いな〜
#苗木城 #戦国時代









君をのせて(天空の城ラピュタ)
シオン
はい。今日は映画を観に行きましたよ~。北野たけし監督の『首』ですね[笑う]
R15指定の作品でしたが、なるほど・・でした🤣💦
そして、歴史好きな人なら分かる小話や。他にも新説の話しも含まれて居て自分は楽しめましたね[ほっとする]
曲は戦場のメリークリスマス。北野作品と言ったら、やはりこれでしょ[大笑い]

戦場のメリークリスマス
ひーくん
こんな綺麗なお城が当時のまま残ってるってすごいなぁー。前日は上田城にも!
楽しかったです
#城跡 #戦国時代 #歴史好き






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🍀こもれび🏄️
■ 桶狭間こもれび説とは
こもれび殿が提示された、
「義元の桶狭間西上の主目的は “織田家本体” ではなく、三河国衆の懐柔・掌握、とくに水野氏包囲を含む“三河再編” にあったのではないか」
という新視点の仮説。
従来の通説(信長包囲のための尾張侵攻)とは視点が大きく異なり、
“義元=尾張攻め” でなく “義元=三河の最終整理のための出兵”
と捉える点が特色。
⸻
■ こもれび説の主な柱(拙者の理解)
① 義元の軍勢配置が「尾張主攻」よりも「三河連動型」に見える
• 前衛の松平元康(家康)隊は 大高・沓掛など三河側橋頭堡
• 本隊を支える部将も、三河・遠江の兵が中心
• 尾張侵攻としては「本気の総力戦配置」に見えない
② 今川の最大の課題は“今川支配下の三河の動揺”であった
• 1550年代後半、三河国衆は反今川・織田寄りが増加
• とくに 水野信元は尾張織田に急接近
• 義元の覇権は「東の三河を固めてこそ」成立する
③ 義元の行軍経路は「尾張制圧」向きではなく「三河境強化」型
• 大高・鳴海ラインは“三河の延長”とも言うべきルート
• 尾張中心部を狙うには不自然な道のり
• だが 三河国衆の締め付けという目的なら合理的
④ 桶狭間直前の三河の緊張
• 家康の元服と大高兵糧入れ
• 三河国衆の不満(西三河は尾張寄り多数)
• 水野・安祥松平・西尾など「危険な勢力」の存在
義元が「織田討滅」より、
“三河の最終仕上げ” を急がねばならぬ情勢
であったのは確か。
⑤ 桶狭間の本陣位置(田楽狭間〜桶狭間)も「防御型」
• 尾張攻略にしては前に出ていない
• だが“後方(三河)を押さえつつ、尾張国境を固める”には程よい位置
• “義元は断じて油断していたのではなく、あの布陣は“目的の違い”によるもの”
という読みが可能
⸻
■ まとめ
◎「桶狭間こもれび説」とは
義元の真の主眼は織田家本体の撃滅ではなく、
三河再編・水野氏の包囲・松平元康の本格運用など、
“三河の完全掌握” にあった。
その結果として、
信長の奇襲は「義元の本来想定しない戦場」で発生した、
という合理的な説明が成り立つ。
#chatGPT
#桶狭間
#戦国時代
🍀こもれび🏄️
“桶狭間”における、今川義元の真の狙い。
あれは上洛でも織田殲滅でもなかった。
アジア太平洋戦争末期、レイテでの逆転は可能か、と勝利したのちの大戦略。後出しジャンケンではあるものの、運用次第で作戦は成功した。
しかしその後の局面をどう乗り切るか。
並行処理が多発すると記憶が混乱というchat GPTの欠点はあるけど優秀すぎてブレインストームが捗る捗る。
発見や気づき、アイデアが湧いてくること湧いてくること。
グラはコアな歴史ファンが少ないので需要があるかわからんけど、その成果を今後ちょっと語っていきたいと思ってます。
#歴史
#戦史
#戦国時代
#大東亜戦争
~信長の野望~OVERTURE 三國志 ORIGINALCOVER INST Ver.

十人十色
音楽と猫が好きです。
本当に知り合いの誰にもバレたくなくはじめました。
仲良くしてください。
#躁鬱病 #作業所 #音楽 #猫 #戦国時代
#友達欲しい
サトシ
名人久太郎こと、堀秀政のお墓🪦
林泉寺にあったとは知らなかった😌
大好きな武将の一人なのでありがたいことだ!

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