感動や被害者意識は人間の感情をかきむしりがちだけど好きな人間が、スタバの悪口やめた方が良いよ高齢者の方が定年退職して夢を持って働いてる投稿見たよって話や投稿そのもの見ても、昔にマクドで高齢で働くおじいさんを良い話のようにネット記事かなんかで見たりしたけど、どうしてもイメージアップに作られたようにうがって見てしまう。今後定年退職後の人も年金じゃ食べられないから"こうやって頑張っていきましょう"にもとれる部分があるし、知らない人の感動話や良いことやってる感や良いこと言ってます感のやつは基本的に信用できない。(そんなエセカッコつけしぃがGRAVITYには複数存在すると思った方がええ。片方で良いこと言ってます用のアカウントで、もう一つのアカウントで、工場の汚水のようにヘドロのような文言を垂れ流してるような人間が多数在籍するアプリだと思ってる。)ナイラ証言などあるから世論誘導は簡単に作られる。古くは一杯のかけそばや恋空など感動させようとする本当にあった"話"は、実話会談よりも疑った方が良い。特に恋空みたいに愛すべき存在の"死"による喪失なんて本当にあった出来事ですか?と追求した時点で人間失格みたいに言われかねない。(氣持ちが悪いのは"余命〇〇の〇〇"みたいな実話だとする映画や話は、観に行く人間の神経すら理解できなかったりする。自分が泣きたいためにわざわざ人が実際に亡くなる話を見に行くと言う涙腺スッキリオナ◯ーのために他人の不幸話を利用してる感が乗っかれない。)だから知らない人間の感動話や被害話はある程度感情を引きで見ないといけない。ただ、単純に好きな人間の心のままに綴った素直な心情と情景描写の方がすごく簡単に胸を打つし、あらゆる感情が全て伝わってくる。#一杯のかけそば #恋空#ナイラ証言 #実話系 #感動とは