晩年の道兼、いい描かれ方してたな。前半生、彼は冷酷非道の悪人だった。民を虫ケラ扱いし、実弟・道長を残酷なほど邪険にし、罪もないまひろの母・ちはやを殺め、さらに帝を謀って出家させた。もちろん、その代償は大きかった。尽くしてきたはずの父親にも裏切られ、実兄からも疎まれ、さらに家族すらも彼から離れていった。彼はほぼ全てを失い、どん底まで落ちた。が、どん底まで落ちたなら、あとは浮上するだけだ。「はなてばてにみてり」(道元『正法眼蔵』)。すなわち放下。邪心や欲望に満ちた心や頭の中が一度空っぽになり、そこに良心や慈悲心が満ちたのだろう。あの道兼が、虐げられている民を気にかけ、悲田院にも足を運び、感染症対策にも本気で取り組もうとする。生まれ変わった晩年の次兄を道長も心から慕うようになっていた。だが、運命は残酷だ。関白に就任し、善政をしこうとした矢先、流行病で薨去。いわゆる七日関白。そんな彼は死の床でも善人であり続けた。自分から道長への感染を懸念して道長を遠ざけようとしたり、罪業に満ちた己が極楽往生を願うという虫のよさを自嘲したり。かつて冷酷な悪人だった次兄を最期まで見捨てずに看取ったのは道長のみ。また、為時・まひろ親子すらも、遺恨は消せないながらも善政を行おうとしていた道兼を弔う。道兼自身が己を悪人であると最期まで自覚していたところに視聴者の我々は胸を打たれる。そして、彼の死から約200年後に(法然や)親鸞によって説かれた悪人正機説を今際の際の彼に教示してやりたくなるだろう。「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」(『歎異抄』)#音楽をソッと置いておく人 #光る君へ#藤原道兼#悪人正機説#歎異抄