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昨年10月から今年3月にかけて、日本橋から日光東照宮まで歩いた時の写真を載せています。
埼玉県幸手市中1丁目にある神社で、主祭神は菅原道真公です。
戦国時代に幸手庄の領主一色氏が創建したと伝えられ、一色氏の館跡の鬼門除けとして建立されました。
室町時代から戦国時代に古河公方家臣の一色氏が祀った五天神の一つで、神社周辺には土塁や堀の遺構が残っています。
本殿横に境内社として猿田彦神社があり、昭和5年(1930年)に伊勢の猿田彦本社から分霊を勧請して建立されました。
猿田彦大神を祀り、道開きの神として信仰されています。鳥居、狛犬、手水舎が備わっています。
今回の旅までは、猿田彦大神にはあまり縁がなかったのですが、この度以降 猿田彦神社に出会う機会が多くなりました。
猿田彦大神は、日本神話で天孫降臨を導いた神として「みちひらき」の象徴で、人生の転機や新しい挑戦を良い方向へ導くと言われています。
人生の進む方向に迷われたとき、参拝してはいかがでしょうか✨
#天神神社 #猿田彦神社 #幸手市 #幸手宿





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昨年10月から今年3月にかけて、日本橋から日光東照宮まで歩いた時の写真を載せています。
埼玉県幸手市北にある浄土宗の寺院で、応永年間(1394~1428年)に開山された歴史ある場所です。
浄土宗知恩院の末寺で、江戸時代に徳川家光の頃中興開山し、慶安元年(1648年)に寺領10石を安堵されました。
山門は、幸手市の指定文化財である勅使門で、江戸時代に徳川将軍の日光社参時に使用された由緒ある門です。
唐破風造りの木造門で、門扉や柱に菊の御紋が刻まれています。
将軍や朝廷の例幣使が通った際にのみ開門され、旧日光街道の幸手宿を象徴する存在です。
現在は、普通に通れますので、そういった歴史を感じながら、通りました。
#聖福寺 #幸手市 #幸手宿






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昨年10月から今年3月にかけて、日本橋から日光東照宮まで歩いた時の写真を載せています。
埼玉県幸手市中4丁目に鎮座する神社で、幸手市の総鎮守として知られています。
創建は400年以上前とされ、古くは「八幡香取社」と呼ばれていました。
明治42年(1909年)に近隣神社が合祀され「幸宮神社」と改称、本殿は文久3年(1863年)に再建された総欅の流れ造りで、本殿彫刻が幸手市指定文化財です。
ご祭神主祭神は誉田別尊(ほんだわけのみこと、八幡大神)と経津主神(ふつぬしのかみ、香取大神)、配祀神に大物主神と倉稲魂命などが祀られています。
イチョウがとてもキレイで心が癒されました✨
#幸宮神社 #幸手市 #幸手宿





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昨年10月から今年3月にかけて、日本橋から日光東照宮まで歩た時の写真を載せています。
聖徳太子堂は、日光街道沿いの歴史的な小堂で、聖徳太子の像を祀っています。
日光道中・日光御成道合流点近くに位置し、幸手駅から徒歩圏内で、散策ルートに適したスポットです。
聖徳太子を「仏教の父」と称え祀る仏堂で、明治11年(1878年)に上高野小学校の仮校舎として利用されました。
木造聖徳太子立像は彩色豊かな寄木造で、高さ約95cmの貴重なもので、幸手市街道文化と結びついた地元信仰の象徴だそうです。
#聖徳太子堂 #幸手市 #幸手宿


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昨年10月から今年3月にかけて、日本橋から日光東照宮まで歩いた時の写真を載せています。
埼玉県幸手市中1丁目にある創業明治36年の老舗酒屋で、自然派食品とお酒を専門に扱っています。
100年以上続くお店で、店舗奥の倉庫間をトロッコ(戦前から現役)が走る「ウナギの寝床」構造が特徴。
久保田や獺祭などの日本酒、ANA/JAL国際線で提供されるココ・ファーム・ワイナリーのワイン、自然派調味料(はちみつ、鰹節など)、店舗限定のチーズケーキやソーセージを扱っているそうです。
地域の文化探索や自然派食品が好きな方には、ぴったりのお店です。
私は、早朝に通過したため、開店していませんでした😅
#永文商店 #幸手市 #幸手宿






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昨年10月から今年3月にかけて、日本橋から日光東照宮まで歩いた時の写真を載せています。
埼玉県幸手市中1丁目に位置する歴史ある神社で、幸手城跡に鎮座します。
古河公方足利氏の家臣である一色氏が幸手城を構えた場所にあり、一色氏の守護神として祀られたと伝わります。
室町時代頃の創建で「陣屋稲荷」とも呼ばれます。
#一色稲荷神社 #幸手市 #幸手宿






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昨年10月から今年3月にかけて、日本橋から日光東照宮まで歩た時の写真を載せています。
神宮寺は埼玉県幸手市南にある浄土宗の寺院で、誓願院と称します。
源頼朝を初代開基とする由緒ある寺で、鎌倉幕府の創始者との伝承が薬師如来の縁起書に残っています。
この寺は幸手市の歴史資料にも登場し、地域の文化遺産として位置づけられます。
#神宮寺 #幸手市 #幸手宿



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昨年10月から今年3月にかけて、日本橋から日光東照宮まで歩いた時の写真を載せています。
埼玉県幸手市中3丁目にある江戸時代の日光街道の宿場町、幸手宿の遺構です。
問屋場は、公私問わず旅人の世話、荷物運搬、人馬の継立、街道関連の事務を管理する役所でした。
現在はポケットパークとして整備され、周囲は問屋場横町と呼ばれています。
前回紹介した永文商店の近くです。
#幸手宿問屋場跡 #幸手市 #幸手宿





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昨年10月から今年3月にかけて、日本橋から日光東照宮まで歩た時の写真を載せています。
埼玉県幸手市南にある歴史的な橋で、日光街道の幸手宿入口に位置します。
倉松川(旧志手川)に架かり、日光街道沿いにあり、幸手宿と上高野の境をなす橋として知られます。
明治天皇の行在所跡も近く、街道歩きのランドマークです。
街道沿いの古い家屋や踏切が残るエリアです。
幸手宿中心部から約1kmのところにあります。
散策にいかがでしょうか✨
#志手橋 #幸手市 #幸手宿






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昨年10月から今年3月にかけて、日本橋から日光東照宮まで歩いた時の写真を載せています。
埼玉県幸手市北に位置する日光街道の歴史的遺構跡です。
江戸日本橋から12里(約47km)の地点にあり、街道の両側に築かれた一里塚の目印だった場所で、現在は石碑が残っています。
日光街道沿いに一里(約4km)ごとに設けられた塚で、榎の木を植えて旅人の距離目安としていました。
幸手宿の北端に位置し、明治初期まで両側に塚があった記録がありますが、現在は跡地に碑が建立されています。
聖福寺の真向かいにあり、古地図でも記されています。
宿場の出入り口は、意図的に直角に曲げられています。これは枡形(ますがた)と呼ばれる防御的な構造です。
幸手宿はここが枡形になっていましたので、幸手宿はここで終わりのようです。
#幸手一里塚 #幸手市 #幸手宿
※このカテゴリーの投稿 日光街道を言ってて、いまだに埼玉県を出ていなく、全体の1/3くらいです。
日光東照宮の投稿はいつになるのか😅
気長に見てくださると嬉しいです✨




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