休憩時間に青空文庫を散策していたら「気まま者の日記」というタイトルの随筆が目に止まった。書いたのはサイレントとトーキーの狭間で小津安二郎と共に評価されていた映画監督、山中貞雄。助監督から脚本家としてデビュー、その後監督となり、日中戦争において28歳の若さで戦死するまでの間に26本もの時代劇映画を世に送りだした。生きてさえいたら確実に小津、黒澤に並んで世界的に評価されていたであろう人物だ。随筆には、冒頭から映画原作者に対する憤りが綴られている。"近頃、大衆小説を読んであまりこころよく思わないことがある。それは、往々にしてその作者が、自作の映画化を企図して書いていると思いなされる場合があるからだ。文壇の誰だったかが、「文学は文学、映画は映画と言う風に別々に進んだ方がいいのじゃないか」と言う意味のことを書いていたが、一応頷ける言い分ではあるまいか。僕等が文芸家側から求めるものは、在来の映画物語ではなく又シナリオ化された小説でもなく、僕等映画作家に映画製作への強い意欲と興奮を与えてくれ、オリジナルな内容を持った文学作品だ。どうかすると、文芸家仲間から、映画作家には自己内容が貧困していると言われる。又生活内容の貧困を言われる。然し、映画化を意図して書かれた作家の作品を読んで、それに盛られた内容と、映画作家の持つそれと、はたしてどれだけの懸隔があるかを疑わざるを得ない場合が多いのだ。その上、文芸家の作品を映画化することになった場合、「原作のままで行ってほしい」と言われる場合がある。それがストーリーの上で言われるのなら黙って頷きもしようが、構成や殊に甚だしいのは表現技術に於てもそれが強要される様な場合、僕等はそれを敢然として拒絶しなければならぬことが多い。如何に、その構成が文芸家には映画的に出来ていると思われていても、(烏滸がましい偏見かも知れぬが)僕等の側から見ればどんなによく見ても頂戴しかねる。構成に、又、表現に関しては、文学の場合と映画の場合と技術原理が異うのだ"今年初めに漫画を映像化にするにあたっての原作者とのトラブルが報じられたが、今は亡き山中貞雄も「またかよ」と思っただろうね。#セクシー田中さん#芦原妃名子#山中貞雄