娘と喧嘩になった。些細な事で言い争い、最終と取っ組み合いに。お互いに言い分を譲らず、自分の何が悪いのか理解しないから平行線。同じような喧嘩は過去にも何度もあったがだいたい結果は同じ。2、3日無視を続けて、そのうち普通に戻る。でもその時は本当に離れたい、離れて暮らして欲しいと思うほど理解できない。甲高い怒鳴り声を一定時間聞き続けると何かが壊れる。でも毎回それをやめてくれない。合わないのだろうと思っていたけど、もしかしたらそうではなくて、わたしに謝って欲しい、何がなんでも謝らせたいと言うのは、愛情を示して欲しいという事なのかもしれないとも思った。母親が悪くなかったとしても、自分が悪かったとしても、とにかくごめんなって言ってもらうだけで自分の怒りは鎮まるのだと、その為だけにでも母親が謝るのかどうかで愛情を測られているのかもと思った。だとしたら、わたしはずっと娘に申し訳ない事をしたしているかもしれない。愛情はあるに決まっているけど、わたしは毎度謝らない。それは愛がないのとは違うが、娘からしたらそれは愛がないのと同等なのかもしれない。どうしよう。そうなんだとしたら謝るしかないのに。意味のわからない理屈で自分がまともで、親がおかしいと偉そうにしている娘の価値観を肯定してしまう事にはならないのか。わたしが悪いのにただ意地を張って謝れていないだけなのか。#ひとりごとのようなもの #子育て #娘はハタチを越えているよ