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禅では"刹那生滅"という

生滅というのは
生きる死ぬということ

人生あっという間なんだから
今日只今この一瞬を大切に
楽しく明るく生きよ
という教えなのですね

考えてみますと
これまで何年か生きてきた
という過去は 振り返ると
あっという間の刹那です

未来もあっという間にやってくる
きょうもあっという間に
過ぎ去っていくにもかかわらず

私たちはいま
生きていることの素晴らしさ
尊さというものを見ないで

過去の価値観に固執したり
社会の価値観に
振り回されたりして
いらぬストレスを
いっぱい溜め込んで
生きてしまいがちです

そういう時は自身の心の
奥底に向かって叫んで
束縛を打ち破らなければなりません

禅語を挙げるなら"喝"ですね
天地と一体になった
この体から迸る"喝"という音が
悩みや執着を取り去ってくれ
また新しい一歩を
踏み出せるんですね

逆境の中で苦しんでいる方も
いらっしゃるでしょうが
この一喝によって

一度自分が固執している価値観
理念 発想から離れてみられると
そこからまた新たな活路が
見出せたりするものです

なんとか心新たに
一日一日をみんなで明るく
生きて頂きたいと願います


松尾芭蕉は佛頂和尚から
"いかなるか これ人生"と問われ
"古池や蛙とび込む水の音"と応え
よろしいと許された

人生といっても蛙がポチャンと
飛び込むような刹那の一瞬です

だからこそ
あれこれこだわりすぎないで
一日一日を大事に
明るく精いっぱい生きる

それが刹那を生きること
ではないでしょうか

#境野勝悟
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僕が小学校の一年のある日
ただいまって家に帰ると
お母さんが
いないときがありました

お父さんに聞くと
稲刈りで実家へ手伝いに
行ったよと言う

そして父さんが温かいうどんを
つくってくれました

ところが 温かいうどんなのに
なぜか冷やっこいんです

一方で 家に帰ったとき
僕はいつでも お母さんに
"何か食べ物ないの?"
と言っていました

すると 母は
"おまえは人の顔さえ見れば
食い物のことばっかり言って
食いしん坊だね
そこに ほら 芋があるよ"

そういうときは決まって
蒸かしたさつま芋が
目ざるの中に入っていました

かかっているふきんを取ると
芋はいつも冷たいんです

だけれども お母さんのそばで
食う芋は不思議に温かかった

お母さんが家にいると
黙っていても明るいのです
あたたかいのです


男性は自分の妻に対して
"かみさん"と言います

かみさんとは"日身さん"です

つまり 私たちの体 命は
太陽の命の身体であるから
日身(カミ)と言ったんです

お母さんはいつも明るくて
あたたかくて しかも朝 昼 晩と
食事をつくってくださって

私達の生命を育ててくれます
私達の身体を産んでくれます

母親は太陽のような
恵みの力によって
私たちを世話してくれる

母親はまさに
太陽そのものなのです

#境野勝悟
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