從容無爲(従容無為)[ショウヨウムヰ]検索すると『心を悩まされることなく、心にゆとりがあり、何もかまえることがないこと。「従容」はゆとりがあり、落ち着いている様子。「無為」は行動しないこと。ゆったりとして、何もかまえなくとも全てが自然に治まるという政治論をいう。』斯う出たけど何故政治論に限定したのだらうか前後も記すと「尸居而龍見,淵默而靁聲,神動而天隨,從容無爲,而萬物炊纍焉」読み方は「シキョしてリュウケンしヱンモクしてライセイありかみうごきてテンしたがひショウヨウムヰにしてバンブツスイルイせむとす」解釈としてはしかばねのやうであったかと思ふと龍のやうな激しさ淵のやうに默して居たかと思ふと雷のやうな響き精神(神=精神)が動くと天が随ひショウヨウムヰ(何事も受容れ何も(無駄なことは?)しない)であれば万物が炊累(アセンション)する#荘子 #莊子 #在宥