地下鉄の改札を出ると、成瀬はもういた。いつものように、「お疲れ様」とか「寒くない?」とか、そういう人間らしい前置きは一切ない。「行こう」とだけ言って、歩き出した。イルミネーションを見に来た人たちがわんさかいて、その合間を成瀬は、なぜか聖火リレーのランナーみたいな正確さで進んでいく。「別に、イルミネーション好きな訳ではないんだが」と、途中で唐突に言い出す。じゃあなんで来たのかと聞こうとしたら、「誘われたから行くというのが礼儀というものだろう」と、こちらの思考を先回りして返してきた。成瀬は礼儀にだけは異常に厳しい。仲通り着くと、木々に巻きつけられた光が一直線に1.2キロ続く。一点通し図法のようなライトラップに周りのカップルたちが次々に「わぁ」と声を上げた。成瀬は「ふぅん」としか言わない。けれどその横顔は、いつもよりほんの少しだけ機嫌が良さそうに見えた。「画像、撮らないのか?」成瀬が言う。驚いた。成瀬から『画像』なんて単語が出るとは思わなかった。え、と言いかけたら、「後で“連れて行った証拠を出せ”とか言われたら面倒だからな」と、理由はやはり成瀬の成瀬らしさの範囲を一ミリも超えない。それでも、イルミネーションに照らされたその澄んだ目は、なんだかこちらの胸の奥まで明るくしてくる。帰り道、成瀬はぽつりと言った。「やはり人が多いところは苦手だな。でも、まあ……今日は悪くなかった。ありがとう。」その“まあ”の部分だけ、わずかに温度が高かった。#成瀬は天下を取りに行くをベースにしたフィクションです#今更ながら読了したので #NOWPLAYING