#人魚 #五夜目 #ほむさんの怪談の楽しみかた こんばんは。ちいとばかし気象痛に苛まれておりましてね。手短にお話を進めて参りましょう。海外の人魚と言えば美しいもの、セイレーンと同一視されて船を沈没させるとも言われておりまする。一方、日本の人魚は全身鱗だらけ、正直に申しますと半魚人のような姿をしているのです。海外の人魚姫という文化が入ってきてから、下半身だけ魚であるという認識に変わりましてね。今宵はお話が短くございます。『八百比丘尼』平安の頃だったか、飢饉が起きましてな。歴史を遡れば幾つも飢饉が起きてそれに関する話も多いもの、甘比丘尼もそうでございます。海辺の村に住んでいた女がおりましてな、皆が飢えに苦しむ中で女は浜辺で奇々怪々な生き物の亡骸を見つけましてね。村の皆で共有できる量でもなく、女はその亡骸の肉を貪った訳でございまする。やがて少しは食べれるものができるようになった頃、女は結婚をするんですね。なんともめでたい話でございます。子供も一人恵まれ、幸せに暮らしましたとさーーで、終わらないのがこの話。男が老いても、子供が死んでも女の姿だけが変わらない。一人残された女は恐怖され、避けられる。女には心当たりがあった。あの肉のせいだとはわかっていた。女は祈るようになった、人目を避けて修行僧となり、俗世の中に消えていった。およそ八百年ほど生きたとされている。如何でしたか?今回は調子が悪く下調べしていないので、うろ覚えでございます。腹の中の子を守るために人魚の肉を食った、生きている間に夫が八人いた、等色々な話があったと思います。次に起きた飢饉ではその身を犠牲にして村を救ったとも言われる場合がございます。そして、八百比丘尼はアマビエ様と深く関係があるのでは無いか?と私は思っております。人魚の肉を食って不老不死を手に入れた女、きっと最後はとても寂しかったろうと。そもそも、最後があったのかも分かりませぬ。今もまだ生きていて、バレぬ様に身分を隠して生きているのかもしれませんね。それでは今宵は早いですが、この辺で。気象痛には本当に困ってしまいますな。皆様も頭痛に気をつけて、お疲れ様でございます。