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2024年10月から2025年3月にかけて、日本橋から日光東照宮まで歩いた時の写真を載せています。
茨城県古河市中田にある浄土真宗大谷派の寺院で、源義経の恋人・静御前ゆかりの寺として知られています。
元は武蔵国高柳村(現・埼玉県久喜市栗橋)にあった天台宗の高柳寺が起源で、建保年間(1213-1218年)に親鸞の教えを受けて浄土真宗に改宗し、光了寺と改称され、その後、現在地に移転したとされます。
静御前の守本尊とされる阿弥陀如来像、雨乞いの舞で後白河法皇から賜った「蛙蟆龍舞衣」(市指定文化財)、義経の形見の短刀や鐙が宝物として保管されています。
静御前が義経の悲報を聞き病没した地に前身寺があった伝承が残ります。
#古河市 #中田宿 #光了寺


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2024年10月から2025年3月にかけて、日本橋から日光東照宮まで歩いた時の写真を載せています。
日本橋から8番目の宿場で、茨城県古河市中田付近(利根川橋下の河川敷一帯)に相当します。
現在の位置としては、国道4号利根川橋の古河市側河川敷周辺が旧宿場の場所とされます。
元和10年(1624)頃、江戸幕府による日光街道整備の一環で、上中田・下中田・上伊坂など周辺村々の人々を集めて造成された宿場。
利根川(当時は房川と呼称)渡船場「房川の渡し」を控え、対岸の栗橋宿と一体運営される「合宿(あいじゅく)」で、問屋業務などを毎月15日交代で分担していました。
古河藩が管理した「古河三宿(中田・古河・野木)」の一つとして位置づけられていました。
近代以降と現在度重なる洪水や利根川改修により、旧宿場地は河川敷となり、大正期から昭和期の堤防改修工事に伴って町並みは現在の中田町側へ移転していったため、遺構はほとんど残っていませんが、周辺には「中田宿説明板」や「房川渡・中田関所跡」の案内板が設置されています。
#古河市 #中田宿


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