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コレド室町のイマーシブミュージアムでモネを観に行った(ときの写真はインスタにあげているからここではアップしないけど)その帰り、
一石橋にて。
いまは金木犀がどこも満開で嬉しい🏵
#金木犀 #一石橋
#日本橋
#クロードモネ
#イマーシブミュージアム


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リピート💫

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リピ散歩👟 甲州街道編⑦

甲州街道は呉服橋交差点を西へ向かいますが、交差点を右折して北に向かい、何ヵ所か寄り道をしました🤭右折して直ぐに『一石橋』があり、橋の南西詰に『迷子しらせ石標』が建っています。

①一石橋の由来
江戸時代初期、橋の北側には幕府金座御用『後藤庄三郎光次』の屋敷があり、橋の南側には呉服屋『後藤縫殿助』の屋敷がありました。各々の屋敷の間には日本橋川がありましたが、両家が資金援助をして橋が掛けたそうです。後藤家と後藤家により掛けられた橋ということで
【 五斗(後藤)+五斗(後藤)=一石 】
から一石橋と名付けられました。洒落ですね(笑

②一石橋迷子しらせ石標(1857年建立)
江戸時代後期、一石橋付近から日本橋にかけ街は大変賑わっていました。その反面迷子も多かったそうで地元の名主たちが町奉行所に申請し『迷子知らせ石』を建立したそうです。石標左側の窪みに迷子や尋人の特徴を書いた紙を貼り、その人物に心当たりがあった者はその旨を書いた紙を右側の窪みに貼ったそうです。伝言板ですね。
『満(ま)よひ子の志(し)るべ』
『たづぬる方』
『志らす類方』

③几号水準点
石標の下に【不】のようなマークが刻まれており『几号水準点』と呼ばれています。このマークは明治初期に日本の高低測量を行うために設けた〝測量点〟で、明治9年〜10年ごろイギリス式測量方を用いて測量を行いました。このマークは三脚と上に乗る台を示しており、台=机との観点から【几号】の文字が当てられたようです。
東京には166ヶ所ほど設置されたそうですが、都内に40ヶ所ほど現像しているそうです。几号を刻む石は永年保存される構造物が適しているため、神社の鳥居や石塔、江戸城の石垣などに多く刻まれています。几号水準点を示すサイトがあるので、興味のある方は調べてみて下さい。宝探しのようで面白いですよ。
ちなみに東京〜塩釜(宮城県)の測量をするために日光街道や奥州街道沿いには沢山の几号水準点があります。私自身もこの二つの街道を歩いた際に【不】マーク探しは楽しかったです。

#リピ散歩 #旧街道旅 #甲州街道旅 #東京 #一石橋
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