決して純情とは言えない、生涯一の出会い。実話をベースにした創作です。【短編連載・不純情小説】リバーサイドマルシェ(第5話)から、ハイライトシーンを抜粋#note #九竜なな也 #リバーサイドマルシェ ……………… むっとした表情で帰り支度を始めた多香美に、俺はそのまま話し続けた。「失礼なのはわかっている。でも、はじめからそのつもりで君に声をかけたわけじゃないよ。話しているうちに、今の君を抱きたいと思うようになった。これが今の俺の気持ちなんだ。今度またこの店で君に会うことがあったとしても、同じ気持ちになるとは限らない。今夜の君が、明日も同じ君かどうかはわからない。俺もそうさ」 多香美はひととき目をつむり、ふっと息を吐いて肩を落とした。そして俺に顔を向けた。「わかったわ。行きましょう」 タクシーの中で多香美の気が変わるかとも思ったが、そんなそぶりは見られなかった。多香美は何も言わず窓の外の流れる景色を眺めていた。暗い表情ではなかった。 週末を待ってため込んでいた疲れは、二人とも同じだったようだ。体を重ねたあとの心地よい疲労感が二人を眠りへと誘った。多香美の寝息を聞きながら、俺も落ちていった。 ベッドの上で目が覚めると、多香美はすでに服を着てソファーに腰掛け、白い靴下を履こうとしていた。窓を見ると、カーテンの隙間から朝の光が漏れている。「タクシーを呼ぼう」 体を起こしながら俺が声をかけると、多香美は笑顔を見せた。「結構よ。近くのバス停にもうすぐ始発がくるはずだから、バスで帰るわ。シャワーを浴びたら?さっぱりするわよ」 俺がシャワーを浴びている間に多香美は帰ってしまうのだろうと思ったが、多香美は待っていた。ホテルを出て表の通りまで行くとバス停が見えた。その方向へ歩きかけた時、多香美が思いついたように言った。「ねえ。朝市に行ってみない?リバーサイドマルシェっていうの。あたしコーヒーが飲みたいわ」「朝市でコーヒーが飲めるのか?」「ええ。飲めるわ」…………………6話に続く