イーロン・マスクに改悪され続け、将来はないと誰もが思っているTwitterだが、こうした大きな災害時の情報インフラとして未だこれに換わるほど役立っているものはない。当然フェイクなど大きな弊害も大きい。だが、それを差し引いても持ち前のスピード感と発信力は侮れない。私自身も随分前から遠のいたり、覗きにきたりを繰り返していた。なのでコミュニケーション・ツールとしてではなく情報収集の為のツールとしての比率に大きく傾き、RTはしても誰かと言葉を交わすことはなくなっていた。それでも数ヶ月、人によっては年単位でお目に掛かっても誰も変わらずリアクションをし合える仲というのは不思議な空間だ。誰がどんな使い方をしようが許容してくれる。そんな懐の深さを”システムが”ではなく、それを使う側の人間に感じられるところが離れられない要因なのかもしれない。願わくば、ここにもそうあって欲しい。ま、どの場所に居ようとも”どんな人を選ぶのか”は自分次第なんですけどね。#ツールは使う側の人間でどうにでも変わり得る